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江崎グリコ
「強く明るくつなぐ伝統」

江崎グリコ マーケティング本部 健康事業マーケティング部 河瀬茂宏(47)


 1922年に発売された「グリコ」。社名を冠したこのキャラメルは、商品数が増えた今でも、江崎グリコにとっては特別な存在だ。27年からはおまけのおもちゃが付いた。これまで世に出たおもちゃは、2万種類以上。戦争で物資が不足していた時期も紙飛行機や粘土製の人形を付け、子どもたちのおなかと心を満たした。
 いま、その企画を担当するのが河瀬茂宏。刺激的な玩具があふれる現代、あえて木製にこだわり、つみきなど自由な発想で遊べる「あそべる木のおもちゃ アソビグリコ」シリーズを打ち出した。
 仕事のモットーは「“過去“を否定する勇気を持つこと」。伝統ある商品とはいえ、同じことを繰り返していては生き延びることはできない。
 実際に河瀬は、過去のイメージを覆すおもちゃで数々のヒットを生み出してきた。大人をターゲットに昭和の家電などのフィギュアを付けた「タイムスリップグリコ」は累計2500万個を売り上げた。ミニ絵本を付けたときは、「親子で楽しめる」と重宝された。同社が重んじる「創意工夫」の精神がそのまま、河瀬の強みになっている。
 とはいえ、反応がイマイチだったおもちゃも、やっぱり出る。でも、絶対にめげない。
「落ち込んでも日はまた昇る(笑)。なぜ失敗したのか突き詰めれば、見えるものがある。それを生かしてまたチャレンジしたい」
 関西大学を卒業し、92年に入社した。菓子開発企画部に配属され、「ビスコ」や「カプリコ」などさまざまな人気商品を担当。2015年、新設された現在の部署に移った。
 自らの子はもう中学2年と高校3年。小さな子どもたちの好みをキャッチするため、菓子店やおもちゃ売り場、公園へ足しげく通う。
「『グリコ』は社の原点。絶対になくすことはできない。これからもお子様の心と体の栄養になるよう、将来につないでいきます」
 歴史を重ねたその小箱に、今も思いを詰め込んでいる。
(文中敬称略)

撮影:写真部・東川哲也 文:ライター・安楽由紀子

江崎グリコ 「強く明るくつなぐ伝統」
江崎グリコ マーケティング本部 健康事業マーケティング部 河瀬茂宏(47)
 1922年に発売された「グリコ」。社名を冠したこのキャラメルは、商品数が増えた今でも、江崎グリコにとっては特別な存在だ。27年からはおまけのおもちゃが付いた。これまで世に出たおもちゃは、2万種類以上。戦争で物資が不足していた時期も紙飛行機や粘土製の人形を付け、子どもたちのおなかと心を満たした。
 いま、その企画を担当するのが河瀬茂宏。刺激的な玩具があふれる現代、あえて木製にこだわり、つみきなど自由な発想で遊べる「あそべる木のおもちゃ アソビグリコ」シリーズを打ち出した。
 仕事のモットーは「“過去“を否定する勇気を持つこと」。伝統ある商品とはいえ、同じことを繰り返していては生き延びることはできない。
 実際に河瀬は、過去のイメージを覆すおもちゃで数々のヒットを生み出してきた。大人をターゲットに昭和の家電などのフィギュアを付けた「タイムスリップグリコ」は累計2500万個を売り上げた。ミニ絵本を付けたときは、「親子で楽しめる」と重宝された。同社が重んじる「創意工夫」の精神がそのまま、河瀬の強みになっている。
 とはいえ、反応がイマイチだったおもちゃも、やっぱり出る。でも、絶対にめげない。
「落ち込んでも日はまた昇る(笑)。なぜ失敗したのか突き詰めれば、見えるものがある。それを生かしてまたチャレンジしたい」
 関西大学を卒業し、92年に入社した。菓子開発企画部に配属され、「ビスコ」や「カプリコ」などさまざまな人気商品を担当。2015年、新設された現在の部署に移った。
 自らの子はもう中学2年と高校3年。小さな子どもたちの好みをキャッチするため、菓子店やおもちゃ売り場、公園へ足しげく通う。
「『グリコ』は社の原点。絶対になくすことはできない。これからもお子様の心と体の栄養になるよう、将来につないでいきます」
 歴史を重ねたその小箱に、今も思いを詰め込んでいる。
(文中敬称略)
撮影:写真部・東川哲也 文:ライター・安楽由紀子



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