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AERA「ニッポンの課長」

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日本ホテル
「100年ホテルの男」
日本ホテル 東京ステーションホテル 料飲宴会部 料飲支配人 山岡広記(41)
 東京駅は、鉄道交通の起点。そんな日本の中心地で、山岡広記は働く。といっても、鉄道員ではない。丸の内駅舎内にある「東京ステーションホテル」のホテルマンとして、直営4店舗を含む館内10の飲食店を束ねる。
 開業は1915年。空襲によって約5年間、休館したものの、100年続くホテルとして多くの人々が利用してきた。松本清張の長編推理小説『点と線』も、ここの一室から生まれている。国指定重要文化財である駅舎の保存・復原工事のため、2006年から6年半、休館。12年10月に新たな装いで営業を再開した。
 山岡は95年、運営会社の「日本ホテル」に入社した。長く東京・池袋のホテルメトロポリタンで働き、東京ステーションホテルには休館中から携わる。最初の仕事は営業再開へ向けた準備だ。
 フレンチの王道をいくレストラン、重厚でオーセンティックなバー……。直営店はそれぞれ長い歴史を持つ。そこで働くスタッフ約70人の多くは、新規採用組だ。
「ホテルで働くのは初めて、という人も珍しくありませんでしたが、生まれ変わるホテルでは、経験より熱意を重視しました」
 再開1年目は、予算を上回る大盛況。注文を受け、調理し、テーブルに運ぶまで、よどみのないチームプレーができているか、スタッフの動きに気を配った。
 人が相手の仕事だけにトラブルはつきもの。そんなとき、心がけたのは「ニュートラルな気持ち」だ。
「トラブルが起きたときこそ、サービスで挽回。好印象につなげるチャンスですから」
 数字の管理、スタッフのケア……。裏方の仕事が増えたが、もとはバーテンダーに憧れて、この世界に入った。
「暗がりに差した光のなか、シェーカーを振るバーテンダーがカッコよかった」
 一瞬の憧れが、長い仕事の始まりになった。(文中敬称略)
写真:写真部・外山俊樹 文:編集部・岡本俊浩

日本ホテル
「100年ホテルの男」

日本ホテル 東京ステーションホテル 料飲宴会部 料飲支配人 山岡広記(41)  東京駅は、鉄道交通の起点。そんな日本の中心地で、山岡広記は働く。といっても、鉄道員ではない。丸の内駅舎内にある「東京ステーションホテル」のホテルマンとして、直営4店舗を含む館内10の飲食店を束ねる。
 開業は1915年。空襲によって約5年間、休館したものの、100年続くホテルとして多くの人々が利用してきた。松本清張の長編推理小説『点と線』も、ここの一室から生まれている。国指定重要文化財である駅舎の保存・復原工事のため、2006年から6年半、休館。12年10月に新たな装いで営業を再開した。
 山岡は95年、運営会社の「日本ホテル」に入社した。長く東京・池袋のホテルメトロポリタンで働き、東京ステーションホテルには休館中から携わる。最初の仕事は営業再開へ向けた準備だ。
 フレンチの王道をいくレストラン、重厚でオーセンティックなバー……。直営店はそれぞれ長い歴史を持つ。そこで働くスタッフ約70人の多くは、新規採用組だ。
「ホテルで働くのは初めて、という人も珍しくありませんでしたが、生まれ変わるホテルでは、経験より熱意を重視しました」
 再開1年目は、予算を上回る大盛況。注文を受け、調理し、テーブルに運ぶまで、よどみのないチームプレーができているか、スタッフの動きに気を配った。
 人が相手の仕事だけにトラブルはつきもの。そんなとき、心がけたのは「ニュートラルな気持ち」だ。
「トラブルが起きたときこそ、サービスで挽回。好印象につなげるチャンスですから」
 数字の管理、スタッフのケア……。裏方の仕事が増えたが、もとはバーテンダーに憧れて、この世界に入った。
「暗がりに差した光のなか、シェーカーを振るバーテンダーがカッコよかった」
 一瞬の憧れが、長い仕事の始まりになった。(文中敬称略) 写真:写真部・外山俊樹 文:編集部・岡本俊浩



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