【地球の旅人 東苑泰子の東遊西撮記 ユーラシア横断編】第2回 中国の人海を泳ぐ

  • 【中国・青島】麦子氏。青島の宿として、インターネットで検索し目星をつけておいたホステルを訪ねた。するとそこは、90年代後半から、チベット高原を始め中国全土を6年かけて踏破した旅行家の麦子氏(左)が始めた宿だった。植民地時代の建物を改築したこの宿のラウンジや廊下には、その時の氏の勇姿が飾られていた。実はユーラシア徒歩横断こそ、私の学生時代の夢だった。この旅のスタートに、何と相応しい出会い!

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  • 【中国 青島】中国高速鉄道。青島から次の町済南まで、時速300キロの和諧号で移動する。見たことのある鼻だなあと思っていたら、日本の新幹線を輸入したモデルだった。和諧とは調和のことで、2004年に中国共産党が発表した、各階層で調和のとれた社会を目指す、というスローガンに由来する。その和諧号を、中国全土に駆け巡らせようと、現在ネットワーク構築が急がれている

    【中国 青島】中国高速鉄道。青島から次の町済南まで、時速300キロの和諧号で移動する。見たことのある鼻だなあと思っていたら、日本の新幹線を輸入したモデルだった。和諧とは調和のことで、2004年に中国共産党が発表した、各階層で調和のとれた社会を目指す、というスローガンに由来する。その和諧号を、中国全土に駆け巡らせようと、現在ネットワーク構築が急がれている

  • 【中国 済南】経済型チェーンホテル。あるべきところにあるべきものがあり、IKEAのようなシンプルな内装で、Wi-Fi無料。これで一泊3500円。最近は手頃で快適なホテルが町ごとにあり外国人も利用できるので、中国国内旅行もしやすくなった。このようなチェーンホテルを、ビジネスマンだけでなく、中国の若者たちが利用して、夏休みの旅行を楽しんでいた

    【中国 済南】経済型チェーンホテル。あるべきところにあるべきものがあり、IKEAのようなシンプルな内装で、Wi-Fi無料。これで一泊3500円。最近は手頃で快適なホテルが町ごとにあり外国人も利用できるので、中国国内旅行もしやすくなった。このようなチェーンホテルを、ビジネスマンだけでなく、中国の若者たちが利用して、夏休みの旅行を楽しんでいた

  • 【中国 済南】宴会場。ホテルの隣に宴会場があった。中国は出場していないが、若者たちは、ワールドカップサッカーを観戦しながら、夜遅くまでビールを片手に盛り上がっていた

    【中国 済南】宴会場。ホテルの隣に宴会場があった。中国は出場していないが、若者たちは、ワールドカップサッカーを観戦しながら、夜遅くまでビールを片手に盛り上がっていた

  • 【中国 済南】しゃく突泉(とつせん)。山東省の省都済南市は、泉城とも呼ばれる。市の中心部に、紀元前から枯れることなく湧き続ける良質な泉がいくつもあるからだ。中国というと、乾燥して割れた大地や大洪水といった激しい気候風土のイメージが強く、このように心地よい町があるとは知らなかった。豊かな水とともに暮らす町の人たちは、穏やかで親切だった

    【中国 済南】しゃく突泉(とつせん)。山東省の省都済南市は、泉城とも呼ばれる。市の中心部に、紀元前から枯れることなく湧き続ける良質な泉がいくつもあるからだ。中国というと、乾燥して割れた大地や大洪水といった激しい気候風土のイメージが強く、このように心地よい町があるとは知らなかった。豊かな水とともに暮らす町の人たちは、穏やかで親切だった

  • 【中国 済南】五三惨事の碑。その美しい泉の公園の片隅に、1928年に起こった済南事件の記念碑があった。当時ここに住んでいた日本人が襲われ、また日本軍と国民革命軍との間に武力衝突が起き、中国軍民にも大きな被害が出た

    【中国 済南】五三惨事の碑。その美しい泉の公園の片隅に、1928年に起こった済南事件の記念碑があった。当時ここに住んでいた日本人が襲われ、また日本軍と国民革命軍との間に武力衝突が起き、中国軍民にも大きな被害が出た

  • 【中国 済南】山東省博物館。中国の博物館というと、以前は建物が古く中もカビ臭かった。そしてガラスケースの中に、倉庫の収蔵品ように無造作に文物が置かれていた。しかし最近の省クラスの博物館は、建物が巨大で立派、中はホテルのようにピカピカだ。展示品も、選抜されたもの一つ一つにスポットライトがあてられ解説がつけられており、とても見やすかった

    【中国 済南】山東省博物館。中国の博物館というと、以前は建物が古く中もカビ臭かった。そしてガラスケースの中に、倉庫の収蔵品ように無造作に文物が置かれていた。しかし最近の省クラスの博物館は、建物が巨大で立派、中はホテルのようにピカピカだ。展示品も、選抜されたもの一つ一つにスポットライトがあてられ解説がつけられており、とても見やすかった

  • 【中国 済南】山東省博物館の展示品の仏像。済南市で発掘された仏像のスタイルには、西域の影響がみられた。昔から人々は、シルクロードを通して東西を行き交ってきたのだなぁ、と感じる

    【中国 済南】山東省博物館の展示品の仏像。済南市で発掘された仏像のスタイルには、西域の影響がみられた。昔から人々は、シルクロードを通して東西を行き交ってきたのだなぁ、と感じる

  • 【中国 泰安】泰山頂上。泰山は、天辺に人々の寿命が書かれた帳面があると言われて古代より中国で信仰され、歴代皇帝が不老不死を得るため封禅の儀式を行った聖なる山だ。しかし今は世界遺産に登録されて、親子連れが訪れる一大観光地となっていた

    【中国 泰安】泰山頂上。泰山は、天辺に人々の寿命が書かれた帳面があると言われて古代より中国で信仰され、歴代皇帝が不老不死を得るため封禅の儀式を行った聖なる山だ。しかし今は世界遺産に登録されて、親子連れが訪れる一大観光地となっていた

  • 【中国 鄭州】鄭州駅前広場。鄭州は河南省の省都。その中央駅前には大きな広場があって、大きな荷物を持った人たちが、自分たちの列車を待っている。中国の州都の駅前は、大抵だだっ広く、人々と荷物で溢れている

    【中国 鄭州】鄭州駅前広場。鄭州は河南省の省都。その中央駅前には大きな広場があって、大きな荷物を持った人たちが、自分たちの列車を待っている。中国の州都の駅前は、大抵だだっ広く、人々と荷物で溢れている

  • 【中国 鄭州】ホイ麺。河南省は幅の広い麺で知られている。町の中心にある有名店に行くと、看板にアラビア語があった。イスラム教徒の回族の店だった。そうか、麺は西からやって来たのだ、と分かった。ここに来る前の山東省には、独自の麺がなかったからだ

    【中国 鄭州】ホイ麺。河南省は幅の広い麺で知られている。町の中心にある有名店に行くと、看板にアラビア語があった。イスラム教徒の回族の店だった。そうか、麺は西からやって来たのだ、と分かった。ここに来る前の山東省には、独自の麺がなかったからだ

  • 【中国 鄭州】二七塔。1923年2月1日、当時中国最大だった北京―漢口を結ぶ京漢鉄道の労働者が、共産党の主導により労働組合を結成しようと鄭州で決起したところ、軍閥に阻止された。それに対抗してストライキを決行すると、ついには武力弾圧され多数の犠牲者を出した。その惨事が起こった2月7日を記念して建てられた建物で、中にはその当時の写真、書類、地図、武器、犠牲者のプロフィールなどが展示されている

    【中国 鄭州】二七塔。1923年2月1日、当時中国最大だった北京―漢口を結ぶ京漢鉄道の労働者が、共産党の主導により労働組合を結成しようと鄭州で決起したところ、軍閥に阻止された。それに対抗してストライキを決行すると、ついには武力弾圧され多数の犠牲者を出した。その惨事が起こった2月7日を記念して建てられた建物で、中にはその当時の写真、書類、地図、武器、犠牲者のプロフィールなどが展示されている

  • 【中国 嵩山少林寺】武術学校で訓練する生徒。中国禅宗の開祖、達磨大師が壁観した洞窟があり、拳法で知られている少林寺の周辺には、武術学校がいくつもあった。朝から男子生徒たちが訓練していたが、少林寺拳法だけではなかった

    【中国 嵩山少林寺】武術学校で訓練する生徒。中国禅宗の開祖、達磨大師が壁観した洞窟があり、拳法で知られている少林寺の周辺には、武術学校がいくつもあった。朝から男子生徒たちが訓練していたが、少林寺拳法だけではなかった

  • 【中国 安陽】中国文字博物館。安陽では中国最古の古代文明遺跡、殷墟が発掘され、そこから甲骨文字が書かれた亀の甲羅などが大量に発見された。3000年以上前のもので、漢字の起源とされている。その甲羅を始め、漢字の歴史が展示されている

    【中国 安陽】中国文字博物館。安陽では中国最古の古代文明遺跡、殷墟が発掘され、そこから甲骨文字が書かれた亀の甲羅などが大量に発見された。3000年以上前のもので、漢字の起源とされている。その甲羅を始め、漢字の歴史が展示されている

  • 【中国 洛陽】車馬坑遺跡。洛陽では、殷の次の周の皇帝のものと考えられる、六頭立て馬車が発掘された。またこの町の東には、随や唐の時代に整備された大運河があり、当時、西域から運ばれてきた商品が埠頭の市場で取引されていたそうだ。そのため最近では、シルクロードの起点は西安ではなく洛陽だとも言われている

    【中国 洛陽】車馬坑遺跡。洛陽では、殷の次の周の皇帝のものと考えられる、六頭立て馬車が発掘された。またこの町の東には、随や唐の時代に整備された大運河があり、当時、西域から運ばれてきた商品が埠頭の市場で取引されていたそうだ。そのため最近では、シルクロードの起点は西安ではなく洛陽だとも言われている

  • 【中国 洛陽】龍門石窟の盧遮那仏。AD500年頃、北魏時代に造られた大石窟寺院。大小、無数の大仏が伊河の両岸の崖に彫られていて、圧巻。その中でも最大で本尊とも言える盧遮那仏は、耳だけで2メートルあるそうだ。中国にはここの他にも、大同、蘭州、敦煌と石窟寺院がいくつもある

    【中国 洛陽】龍門石窟の盧遮那仏。AD500年頃、北魏時代に造られた大石窟寺院。大小、無数の大仏が伊河の両岸の崖に彫られていて、圧巻。その中でも最大で本尊とも言える盧遮那仏は、耳だけで2メートルあるそうだ。中国にはここの他にも、大同、蘭州、敦煌と石窟寺院がいくつもある

  • 【中国 洛陽】龍門石窟で出会った学生たち。中国には、日本のアニメや文化を愛好する若者が多い。ここで出会った学生も、私が東京から来たと言うと、「アイ ラブ トーキョー!」と興奮して英語で言い、記念撮影をした後私に握手を求め、「さようなら?!」とニコニコ顔で手を振ってくれた

    【中国 洛陽】龍門石窟で出会った学生たち。中国には、日本のアニメや文化を愛好する若者が多い。ここで出会った学生も、私が東京から来たと言うと、「アイ ラブ トーキョー!」と興奮して英語で言い、記念撮影をした後私に握手を求め、「さようなら?!」とニコニコ顔で手を振ってくれた

  • 【中国 太原】高速鉄道駅。写真2にもある高速鉄道(略して高鉄)駅は、各州都の中央駅から数キロ離れた郊外に新しく建設されていることも多い。日本の新幹線の駅のようだ。既存の中央駅が古く暗く、その周辺が旧態依然であるのに比べ、高鉄駅は明るくカードも使えて便利だ。駅周辺は、都市計画の図面通りで、まるで絵に描いたような町並みだった

    【中国 太原】高速鉄道駅。写真2にもある高速鉄道(略して高鉄)駅は、各州都の中央駅から数キロ離れた郊外に新しく建設されていることも多い。日本の新幹線の駅のようだ。既存の中央駅が古く暗く、その周辺が旧態依然であるのに比べ、高鉄駅は明るくカードも使えて便利だ。駅周辺は、都市計画の図面通りで、まるで絵に描いたような町並みだった

  • 【中国 平遥】平遥古城票号館日昇昌。中国の旧式為替銀行を「票号」といい、19世紀に平遥で始まった。平遥には大きな票号が20軒ほどあったが、その中で最大だったのが日昇昌。清朝末期には、平遥の票号は中国全土の為替業務をほとんど独占し、海外にも支店を持つほどだった。しかし、辛亥革命で清が倒れて債権が回収できなくなり、さらに銀行制度の近代化に乗り遅れ、城市ごと没落した。20世紀も都市開発が進まなかったため、古い邸宅がそのまま残っている

    【中国 平遥】平遥古城票号館日昇昌。中国の旧式為替銀行を「票号」といい、19世紀に平遥で始まった。平遥には大きな票号が20軒ほどあったが、その中で最大だったのが日昇昌。清朝末期には、平遥の票号は中国全土の為替業務をほとんど独占し、海外にも支店を持つほどだった。しかし、辛亥革命で清が倒れて債権が回収できなくなり、さらに銀行制度の近代化に乗り遅れ、城市ごと没落した。20世紀も都市開発が進まなかったため、古い邸宅がそのまま残っている

  • 【中国 延安】ヤオトン。山西省の西を黄河が流れているが、その大河沿いには、黄土高原と呼ばれる乾燥して固く痩せた広大な大地が広がっている。この土に住む人々は、山に横穴を掘ってつくった、ヤオトンと呼ばれる洞窟のような空間に住んでいた。一見原始的だが、中には家具一式も置かれている。夏の暑さや冬の寒さをしのぎ、温度差があまりなく、意外に居心地がよい

    【中国 延安】ヤオトン。山西省の西を黄河が流れているが、その大河沿いには、黄土高原と呼ばれる乾燥して固く痩せた広大な大地が広がっている。この土に住む人々は、山に横穴を掘ってつくった、ヤオトンと呼ばれる洞窟のような空間に住んでいた。一見原始的だが、中には家具一式も置かれている。夏の暑さや冬の寒さをしのぎ、温度差があまりなく、意外に居心地がよい

  • 【中国 延安】棗園址。延安は、国民党軍に破れた毛沢東を始めとする紅軍が、江西省瑞金から大移動の末辿り着いた地。そこにあった棗荘園に中京中央書記所が置かれ、毛沢東を始め周恩来、劉少奇等指導者が移り住んだ。写真は周恩来と張聞天の住んでいたヤオトン。中国共産党はここから、日中戦争、解放戦争、大生産運動などを指揮した。いわば革命の聖地

    【中国 延安】棗園址。延安は、国民党軍に破れた毛沢東を始めとする紅軍が、江西省瑞金から大移動の末辿り着いた地。そこにあった棗荘園に中京中央書記所が置かれ、毛沢東を始め周恩来、劉少奇等指導者が移り住んだ。写真は周恩来と張聞天の住んでいたヤオトン。中国共産党はここから、日中戦争、解放戦争、大生産運動などを指揮した。いわば革命の聖地

  • 【中国 西安】大雁塔。652年に、玄奘三蔵がインドから持ち帰った教典や仏像を保存するために建立された塔。日本の古都と寺院のしっとりした情緒を想像して訪れると、こちらの塔の周辺は観光地として大開発されていた。時代がかった建物が並び、その中は土産物屋と小吃(スナック)街。前には噴水が造られ、夜の水と光のショーは観光名物だった

    【中国 西安】大雁塔。652年に、玄奘三蔵がインドから持ち帰った教典や仏像を保存するために建立された塔。日本の古都と寺院のしっとりした情緒を想像して訪れると、こちらの塔の周辺は観光地として大開発されていた。時代がかった建物が並び、その中は土産物屋と小吃(スナック)街。前には噴水が造られ、夜の水と光のショーは観光名物だった

  • 【中国 西安】大雁塔からの眺め。塔に上って四方を見渡すと、周囲は隙間なく建て込んだ住宅で埋め尽くされていた。まるで隊列を組んだ軍隊が迫ってくるようだ。その昔、この同じ塔に上った玄奘は、どういう風景を見ていたのだろうか。そして彼は、1400年後に、塔と周辺がこのように激変すると想像できただろうか?

    【中国 西安】大雁塔からの眺め。塔に上って四方を見渡すと、周囲は隙間なく建て込んだ住宅で埋め尽くされていた。まるで隊列を組んだ軍隊が迫ってくるようだ。その昔、この同じ塔に上った玄奘は、どういう風景を見ていたのだろうか。そして彼は、1400年後に、塔と周辺がこのように激変すると想像できただろうか?

  • 【中国 西安】大真清寺。中国は歴史的には、仏教、イスラム教、キリスト教など、様々な宗教が共存してきた。西安では、西域とのつながりの強いイスラム教徒の回族が、今でも中心部の鼓楼の周りに町を形成している。その町にはいくつかモスクがあるが、中でも一番大きいものは、742年に創建された。その後時代ごとに修復され、今残っているのは、明、清時代のもの。一見モスクと分からないのは、ドームがなく、ほぼ中国式の建物だからだ。朝、夕の礼拝も聞こえないが、わずかに見られるアラビア文字と装飾に、イスラムの伝統を垣間見る

    【中国 西安】大真清寺。中国は歴史的には、仏教、イスラム教、キリスト教など、様々な宗教が共存してきた。西安では、西域とのつながりの強いイスラム教徒の回族が、今でも中心部の鼓楼の周りに町を形成している。その町にはいくつかモスクがあるが、中でも一番大きいものは、742年に創建された。その後時代ごとに修復され、今残っているのは、明、清時代のもの。一見モスクと分からないのは、ドームがなく、ほぼ中国式の建物だからだ。朝、夕の礼拝も聞こえないが、わずかに見られるアラビア文字と装飾に、イスラムの伝統を垣間見る

  • 【中国 蘭州】黄河。甘粛省の省都、蘭州の市内を黄河が流れていて、週末町の人たちが川岸で憩っていた。この町で、シルクロードと黄河が交わる。また蘭州から北へ行くと内モンゴル、南へ下ると四川省山間部からチベット高原の東側へ通じ、ここはまさに、文化と文明の交差点に位置している。西安の人々のつっけんどんな応対に比べて、蘭州の人々は朗らかで親切だった

    【中国 蘭州】黄河。甘粛省の省都、蘭州の市内を黄河が流れていて、週末町の人たちが川岸で憩っていた。この町で、シルクロードと黄河が交わる。また蘭州から北へ行くと内モンゴル、南へ下ると四川省山間部からチベット高原の東側へ通じ、ここはまさに、文化と文明の交差点に位置している。西安の人々のつっけんどんな応対に比べて、蘭州の人々は朗らかで親切だった

  • 【中国 蘭州】甘粛省博物館展示の銅馬。蘭州から河西回廊を西へ260キロ、漢の時代から東西交流の中継点として栄え、涼州とも呼ばれた武威から発掘された、馬踏飛燕の像。飛ぶ燕より早く走る汗血馬、つまり一日千里を走る天馬を、漢の武帝は大変に欲しがったという

    【中国 蘭州】甘粛省博物館展示の銅馬。蘭州から河西回廊を西へ260キロ、漢の時代から東西交流の中継点として栄え、涼州とも呼ばれた武威から発掘された、馬踏飛燕の像。飛ぶ燕より早く走る汗血馬、つまり一日千里を走る天馬を、漢の武帝は大変に欲しがったという

  • 【中国 蘭州】夜の屋台街。蘭州の郷土料理を食べようと、繁華街の一本裏の屋台通りへ行った。地元の人たちの熱気と活気に溢れる、とても繁盛した通りだった。しかしそこで流行っていたのは郷土料理ではなく、肉、野菜、魚の串焼き、ミルク煮をかけたシリアル、そして焼き肉麺だった

    【中国 蘭州】夜の屋台街。蘭州の郷土料理を食べようと、繁華街の一本裏の屋台通りへ行った。地元の人たちの熱気と活気に溢れる、とても繁盛した通りだった。しかしそこで流行っていたのは郷土料理ではなく、肉、野菜、魚の串焼き、ミルク煮をかけたシリアル、そして焼き肉麺だった

  • 【中国 西寧】東関真清寺のラマダン明けの祈り。イスラム教徒の勤めである1ヶ月間の断食が明けた日を、中国では開斎節といい、ムスリムである回族の男性たちが、西寧で最大のモスクに集まり祝っていた。寺の中には入りきれない人数なので、周囲の道路を閉鎖し、道に座って一斉にメッカのある西を向いて祈る。式が終わった後、時計を見ながら人波がどこまで続くか見ていたが、5分以上たっても途切れることはなかった

    【中国 西寧】東関真清寺のラマダン明けの祈り。イスラム教徒の勤めである1ヶ月間の断食が明けた日を、中国では開斎節といい、ムスリムである回族の男性たちが、西寧で最大のモスクに集まり祝っていた。寺の中には入りきれない人数なので、周囲の道路を閉鎖し、道に座って一斉にメッカのある西を向いて祈る。式が終わった後、時計を見ながら人波がどこまで続くか見ていたが、5分以上たっても途切れることはなかった

  • 【中国 清寧】都会へと変身中。今までに訪れた中国の地方都市や、今回の旅で通って来た都市を見て感じたのは、どこも、金太郎飴のように都市開発のビジョンが同じだということだった。シンボルとなるタワーは、上海のテレビ塔のようだった

    【中国 清寧】都会へと変身中。今までに訪れた中国の地方都市や、今回の旅で通って来た都市を見て感じたのは、どこも、金太郎飴のように都市開発のビジョンが同じだということだった。シンボルとなるタワーは、上海のテレビ塔のようだった

  • 【中国 蘭州】高層ビル建築中。そして、住宅やビジネスビルなど、30階以上の高層ビルが、いたるところで建設中だ。その様子を眺めて気づいたのは、日本で見る工事現場と、安全管理に対する考え方が異なるということだった。働くおじさん、今日も気をつけて!

    【中国 蘭州】高層ビル建築中。そして、住宅やビジネスビルなど、30階以上の高層ビルが、いたるところで建設中だ。その様子を眺めて気づいたのは、日本で見る工事現場と、安全管理に対する考え方が異なるということだった。働くおじさん、今日も気をつけて!

  • 【中国 同仁】六月会のシャーマンの踊り。西寧から南東にバスで3時間行くと、チベット族の住む山間部に着く。その辺りでは、毎年7月に大きな夏祭りが開催されている。シャーマンたちを中心に、村人が様々な踊りを自然の神に捧げる、仏教以前から続く古い伝統だ。この時神がかったシャーマンたちは、自分の頬や背中に長い針を刺し、トランス状態で踊りながら、その年の村の収穫などを預言する

    【中国 同仁】六月会のシャーマンの踊り。西寧から南東にバスで3時間行くと、チベット族の住む山間部に着く。その辺りでは、毎年7月に大きな夏祭りが開催されている。シャーマンたちを中心に、村人が様々な踊りを自然の神に捧げる、仏教以前から続く古い伝統だ。この時神がかったシャーマンたちは、自分の頬や背中に長い針を刺し、トランス状態で踊りながら、その年の村の収穫などを預言する

  • 【中国 玉樹】夏の競馬祭り。西寧から南西へバスで20時間、標高3800メートルの玉樹に到る。近くには長江源流があり、草原が広がる天界のような高地。毎夏、チベット族の遊牧民が競馬祭を開催する

    【中国 玉樹】夏の競馬祭り。西寧から南西へバスで20時間、標高3800メートルの玉樹に到る。近くには長江源流があり、草原が広がる天界のような高地。毎夏、チベット族の遊牧民が競馬祭を開催する

  • 【中国 玉樹】再開発した玉樹の町。その玉樹は、数年前に大地震で町が倒壊した。再建の名目で再開発された町は、まるで、高原テーマパークのように整っている。伝説の王の銅像の立つ広場、その回りを囲む大きなショッピングセンター……。空港も出来て、これから一層観光地化すると思うと、せっかくの大自然がイメージとして消費されていき、自給自足していた遊牧民たちが、店でヨーグルトを買うようになると想像し、残念に感じた

    【中国 玉樹】再開発した玉樹の町。その玉樹は、数年前に大地震で町が倒壊した。再建の名目で再開発された町は、まるで、高原テーマパークのように整っている。伝説の王の銅像の立つ広場、その回りを囲む大きなショッピングセンター……。空港も出来て、これから一層観光地化すると思うと、せっかくの大自然がイメージとして消費されていき、自給自足していた遊牧民たちが、店でヨーグルトを買うようになると想像し、残念に感じた

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【中国・青島】麦子氏。青島の宿として、インターネットで検索し目星をつけておいたホステルを訪ねた。するとそこは、90年代後半から、チベット高原を始め中国全土を6年かけて踏破した旅行家の麦子氏(左)が始めた宿だった。植民地時代の建物を改築したこの宿のラウンジや廊下には、その時の氏の勇姿が飾られていた。実はユーラシア徒歩横断こそ、私の学生時代の夢だった。この旅のスタートに、何と相応しい出会い!
【中国 青島】中国高速鉄道。青島から次の町済南まで、時速300キロの和諧号で移動する。見たことのある鼻だなあと思っていたら、日本の新幹線を輸入したモデルだった。和諧とは調和のことで、2004年に中国共産党が発表した、各階層で調和のとれた社会を目指す、というスローガンに由来する。その和諧号を、中国全土に駆け巡らせようと、現在ネットワーク構築が急がれている
【中国 済南】経済型チェーンホテル。あるべきところにあるべきものがあり、IKEAのようなシンプルな内装で、Wi-Fi無料。これで一泊3500円。最近は手頃で快適なホテルが町ごとにあり外国人も利用できるので、中国国内旅行もしやすくなった。このようなチェーンホテルを、ビジネスマンだけでなく、中国の若者たちが利用して、夏休みの旅行を楽しんでいた
【中国 済南】宴会場。ホテルの隣に宴会場があった。中国は出場していないが、若者たちは、ワールドカップサッカーを観戦しながら、夜遅くまでビールを片手に盛り上がっていた
【中国 済南】しゃく突泉(とつせん)。山東省の省都済南市は、泉城とも呼ばれる。市の中心部に、紀元前から枯れることなく湧き続ける良質な泉がいくつもあるからだ。中国というと、乾燥して割れた大地や大洪水といった激しい気候風土のイメージが強く、このように心地よい町があるとは知らなかった。豊かな水とともに暮らす町の人たちは、穏やかで親切だった
【中国 済南】五三惨事の碑。その美しい泉の公園の片隅に、1928年に起こった済南事件の記念碑があった。当時ここに住んでいた日本人が襲われ、また日本軍と国民革命軍との間に武力衝突が起き、中国軍民にも大きな被害が出た
【中国 済南】山東省博物館。中国の博物館というと、以前は建物が古く中もカビ臭かった。そしてガラスケースの中に、倉庫の収蔵品ように無造作に文物が置かれていた。しかし最近の省クラスの博物館は、建物が巨大で立派、中はホテルのようにピカピカだ。展示品も、選抜されたもの一つ一つにスポットライトがあてられ解説がつけられており、とても見やすかった
【中国 済南】山東省博物館の展示品の仏像。済南市で発掘された仏像のスタイルには、西域の影響がみられた。昔から人々は、シルクロードを通して東西を行き交ってきたのだなぁ、と感じる
【中国 泰安】泰山頂上。泰山は、天辺に人々の寿命が書かれた帳面があると言われて古代より中国で信仰され、歴代皇帝が不老不死を得るため封禅の儀式を行った聖なる山だ。しかし今は世界遺産に登録されて、親子連れが訪れる一大観光地となっていた
【中国 鄭州】鄭州駅前広場。鄭州は河南省の省都。その中央駅前には大きな広場があって、大きな荷物を持った人たちが、自分たちの列車を待っている。中国の州都の駅前は、大抵だだっ広く、人々と荷物で溢れている
【中国 鄭州】ホイ麺。河南省は幅の広い麺で知られている。町の中心にある有名店に行くと、看板にアラビア語があった。イスラム教徒の回族の店だった。そうか、麺は西からやって来たのだ、と分かった。ここに来る前の山東省には、独自の麺がなかったからだ
【中国 鄭州】二七塔。1923年2月1日、当時中国最大だった北京―漢口を結ぶ京漢鉄道の労働者が、共産党の主導により労働組合を結成しようと鄭州で決起したところ、軍閥に阻止された。それに対抗してストライキを決行すると、ついには武力弾圧され多数の犠牲者を出した。その惨事が起こった2月7日を記念して建てられた建物で、中にはその当時の写真、書類、地図、武器、犠牲者のプロフィールなどが展示されている
【中国 嵩山少林寺】武術学校で訓練する生徒。中国禅宗の開祖、達磨大師が壁観した洞窟があり、拳法で知られている少林寺の周辺には、武術学校がいくつもあった。朝から男子生徒たちが訓練していたが、少林寺拳法だけではなかった
【中国 安陽】中国文字博物館。安陽では中国最古の古代文明遺跡、殷墟が発掘され、そこから甲骨文字が書かれた亀の甲羅などが大量に発見された。3000年以上前のもので、漢字の起源とされている。その甲羅を始め、漢字の歴史が展示されている
【中国 洛陽】車馬坑遺跡。洛陽では、殷の次の周の皇帝のものと考えられる、六頭立て馬車が発掘された。またこの町の東には、随や唐の時代に整備された大運河があり、当時、西域から運ばれてきた商品が埠頭の市場で取引されていたそうだ。そのため最近では、シルクロードの起点は西安ではなく洛陽だとも言われている
【中国 洛陽】龍門石窟の盧遮那仏。AD500年頃、北魏時代に造られた大石窟寺院。大小、無数の大仏が伊河の両岸の崖に彫られていて、圧巻。その中でも最大で本尊とも言える盧遮那仏は、耳だけで2メートルあるそうだ。中国にはここの他にも、大同、蘭州、敦煌と石窟寺院がいくつもある
【中国 洛陽】龍門石窟で出会った学生たち。中国には、日本のアニメや文化を愛好する若者が多い。ここで出会った学生も、私が東京から来たと言うと、「アイ ラブ トーキョー!」と興奮して英語で言い、記念撮影をした後私に握手を求め、「さようなら?!」とニコニコ顔で手を振ってくれた
【中国 太原】高速鉄道駅。写真2にもある高速鉄道(略して高鉄)駅は、各州都の中央駅から数キロ離れた郊外に新しく建設されていることも多い。日本の新幹線の駅のようだ。既存の中央駅が古く暗く、その周辺が旧態依然であるのに比べ、高鉄駅は明るくカードも使えて便利だ。駅周辺は、都市計画の図面通りで、まるで絵に描いたような町並みだった
【中国 平遥】平遥古城票号館日昇昌。中国の旧式為替銀行を「票号」といい、19世紀に平遥で始まった。平遥には大きな票号が20軒ほどあったが、その中で最大だったのが日昇昌。清朝末期には、平遥の票号は中国全土の為替業務をほとんど独占し、海外にも支店を持つほどだった。しかし、辛亥革命で清が倒れて債権が回収できなくなり、さらに銀行制度の近代化に乗り遅れ、城市ごと没落した。20世紀も都市開発が進まなかったため、古い邸宅がそのまま残っている
【中国 延安】ヤオトン。山西省の西を黄河が流れているが、その大河沿いには、黄土高原と呼ばれる乾燥して固く痩せた広大な大地が広がっている。この土に住む人々は、山に横穴を掘ってつくった、ヤオトンと呼ばれる洞窟のような空間に住んでいた。一見原始的だが、中には家具一式も置かれている。夏の暑さや冬の寒さをしのぎ、温度差があまりなく、意外に居心地がよい
【中国 延安】棗園址。延安は、国民党軍に破れた毛沢東を始めとする紅軍が、江西省瑞金から大移動の末辿り着いた地。そこにあった棗荘園に中京中央書記所が置かれ、毛沢東を始め周恩来、劉少奇等指導者が移り住んだ。写真は周恩来と張聞天の住んでいたヤオトン。中国共産党はここから、日中戦争、解放戦争、大生産運動などを指揮した。いわば革命の聖地
【中国 西安】大雁塔。652年に、玄奘三蔵がインドから持ち帰った教典や仏像を保存するために建立された塔。日本の古都と寺院のしっとりした情緒を想像して訪れると、こちらの塔の周辺は観光地として大開発されていた。時代がかった建物が並び、その中は土産物屋と小吃(スナック)街。前には噴水が造られ、夜の水と光のショーは観光名物だった
【中国 西安】大雁塔からの眺め。塔に上って四方を見渡すと、周囲は隙間なく建て込んだ住宅で埋め尽くされていた。まるで隊列を組んだ軍隊が迫ってくるようだ。その昔、この同じ塔に上った玄奘は、どういう風景を見ていたのだろうか。そして彼は、1400年後に、塔と周辺がこのように激変すると想像できただろうか?
【中国 西安】大真清寺。中国は歴史的には、仏教、イスラム教、キリスト教など、様々な宗教が共存してきた。西安では、西域とのつながりの強いイスラム教徒の回族が、今でも中心部の鼓楼の周りに町を形成している。その町にはいくつかモスクがあるが、中でも一番大きいものは、742年に創建された。その後時代ごとに修復され、今残っているのは、明、清時代のもの。一見モスクと分からないのは、ドームがなく、ほぼ中国式の建物だからだ。朝、夕の礼拝も聞こえないが、わずかに見られるアラビア文字と装飾に、イスラムの伝統を垣間見る
【中国 蘭州】黄河。甘粛省の省都、蘭州の市内を黄河が流れていて、週末町の人たちが川岸で憩っていた。この町で、シルクロードと黄河が交わる。また蘭州から北へ行くと内モンゴル、南へ下ると四川省山間部からチベット高原の東側へ通じ、ここはまさに、文化と文明の交差点に位置している。西安の人々のつっけんどんな応対に比べて、蘭州の人々は朗らかで親切だった
【中国 蘭州】甘粛省博物館展示の銅馬。蘭州から河西回廊を西へ260キロ、漢の時代から東西交流の中継点として栄え、涼州とも呼ばれた武威から発掘された、馬踏飛燕の像。飛ぶ燕より早く走る汗血馬、つまり一日千里を走る天馬を、漢の武帝は大変に欲しがったという
【中国 蘭州】夜の屋台街。蘭州の郷土料理を食べようと、繁華街の一本裏の屋台通りへ行った。地元の人たちの熱気と活気に溢れる、とても繁盛した通りだった。しかしそこで流行っていたのは郷土料理ではなく、肉、野菜、魚の串焼き、ミルク煮をかけたシリアル、そして焼き肉麺だった
【中国 西寧】東関真清寺のラマダン明けの祈り。イスラム教徒の勤めである1ヶ月間の断食が明けた日を、中国では開斎節といい、ムスリムである回族の男性たちが、西寧で最大のモスクに集まり祝っていた。寺の中には入りきれない人数なので、周囲の道路を閉鎖し、道に座って一斉にメッカのある西を向いて祈る。式が終わった後、時計を見ながら人波がどこまで続くか見ていたが、5分以上たっても途切れることはなかった
【中国 清寧】都会へと変身中。今までに訪れた中国の地方都市や、今回の旅で通って来た都市を見て感じたのは、どこも、金太郎飴のように都市開発のビジョンが同じだということだった。シンボルとなるタワーは、上海のテレビ塔のようだった
【中国 蘭州】高層ビル建築中。そして、住宅やビジネスビルなど、30階以上の高層ビルが、いたるところで建設中だ。その様子を眺めて気づいたのは、日本で見る工事現場と、安全管理に対する考え方が異なるということだった。働くおじさん、今日も気をつけて!
【中国 同仁】六月会のシャーマンの踊り。西寧から南東にバスで3時間行くと、チベット族の住む山間部に着く。その辺りでは、毎年7月に大きな夏祭りが開催されている。シャーマンたちを中心に、村人が様々な踊りを自然の神に捧げる、仏教以前から続く古い伝統だ。この時神がかったシャーマンたちは、自分の頬や背中に長い針を刺し、トランス状態で踊りながら、その年の村の収穫などを預言する
【中国 玉樹】夏の競馬祭り。西寧から南西へバスで20時間、標高3800メートルの玉樹に到る。近くには長江源流があり、草原が広がる天界のような高地。毎夏、チベット族の遊牧民が競馬祭を開催する
【中国 玉樹】再開発した玉樹の町。その玉樹は、数年前に大地震で町が倒壊した。再建の名目で再開発された町は、まるで、高原テーマパークのように整っている。伝説の王の銅像の立つ広場、その回りを囲む大きなショッピングセンター……。空港も出来て、これから一層観光地化すると思うと、せっかくの大自然がイメージとして消費されていき、自給自足していた遊牧民たちが、店でヨーグルトを買うようになると想像し、残念に感じた
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