文学追想 いま残したい文豪の家

  • 熊本市で夏目漱石が暮らした旧居。当時、書斎として使われていた2階の部屋
(撮影/写真部・馬場岳人)

    熊本市で夏目漱石が暮らした旧居。当時、書斎として使われていた2階の部屋
    (撮影/写真部・馬場岳人)

  • 鶯も柳も青き住居かな
夏目漱石
少なくとも5回は引っ越しをくり返した熊本で、1900年、英国留学前の最後の約4カ月を過ごした第6旧居。当時と同じ場所に漱石の旧居が残るのは、内坪井旧居(第5旧居)を含め、全国でも2軒だけだという。漱石は熊本時代、俳句に熱中していた。第6旧居でも、庭で鳴く鶯を詠んだ句(右)などを残している
(撮影/写真部・馬場岳人)

    鶯も柳も青き住居かな
    夏目漱石
    少なくとも5回は引っ越しをくり返した熊本で、1900年、英国留学前の最後の約4カ月を過ごした第6旧居。当時と同じ場所に漱石の旧居が残るのは、内坪井旧居(第5旧居)を含め、全国でも2軒だけだという。漱石は熊本時代、俳句に熱中していた。第6旧居でも、庭で鳴く鶯を詠んだ句(右)などを残している
    (撮影/写真部・馬場岳人)

  • 当時の面影を残す1階和室の欄間
(撮影/写真部・馬場岳人)

    当時の面影を残す1階和室の欄間
    (撮影/写真部・馬場岳人)

  • 漱石が書斎として使っていた2階につながる急な階段
(撮影/写真部・馬場岳人)

    漱石が書斎として使っていた2階につながる急な階段
    (撮影/写真部・馬場岳人)

  • 障子のすりガラスも当時のまま残るという
※個人所有のため、一般公開はしていない。
(撮影/写真部・馬場岳人)

    障子のすりガラスも当時のまま残るという
    ※個人所有のため、一般公開はしていない。
    (撮影/写真部・馬場岳人)

  • アパートの便所の金網張られた四角い窓から、富士が見えた
太宰治
東京都杉並区にある碧雲荘。今なお当時の趣を残す。個人所有のため、中に入ることはできない
(撮影/写真部・植田真紗美)

    アパートの便所の金網張られた四角い窓から、富士が見えた
    太宰治
    東京都杉並区にある碧雲荘。今なお当時の趣を残す。個人所有のため、中に入ることはできない
    (撮影/写真部・植田真紗美)

  • 碧雲荘の玄関部分。1階が母屋で、2階がアパート。太宰はアパートの一室に、1936年11月から約7カ月住んだ
(撮影/写真部・植田真紗美)

    碧雲荘の玄関部分。1階が母屋で、2階がアパート。太宰はアパートの一室に、1936年11月から約7カ月住んだ
    (撮影/写真部・植田真紗美)

  • 『富嶽百景』の一節(右上)に登場する、共同便所の窓。今では建物に遮られ、富士山は望めない
(撮影/写真部・植田真紗美)

    『富嶽百景』の一節(右上)に登場する、共同便所の窓。今では建物に遮られ、富士山は望めない
    (撮影/写真部・植田真紗美)

  • 碧雲荘2階の廊下。いちばん奥の左側にある8畳間が、太宰が暮らした部屋だ
※保存についての問い合わせは、日本民家再生協会http://www.minka.or.jp/まで
(撮影/写真部・植田真紗美)

    碧雲荘2階の廊下。いちばん奥の左側にある8畳間が、太宰が暮らした部屋だ
    ※保存についての問い合わせは、日本民家再生協会http://www.minka.or.jp/まで
    (撮影/写真部・植田真紗美)

  • 存続が決まった、樋口一葉ゆかりの「伊勢屋質店」
(撮影/写真部・植田真紗美)

    存続が決まった、樋口一葉ゆかりの「伊勢屋質店」
    (撮影/写真部・植田真紗美)

  • 『たけくらべ』で知られる明治時代の小説家、樋口一葉。生活に困窮した一葉が晩年通った旧伊勢屋質店も存続が危ぶまれた建物だ。所有者が昨年、負担軽減のため東京都文京区による維持管理を要請したが交渉はまとまらず、一時は取り壊しも検討された。保存の声を受け、区が補助金を上乗せする形で今年3月、同区内の跡見学園女子大学が取得した。キャンパス外施設として活用するほか、今秋には一般公開予定という
(撮影/写真部・植田真紗美)

    『たけくらべ』で知られる明治時代の小説家、樋口一葉。生活に困窮した一葉が晩年通った旧伊勢屋質店も存続が危ぶまれた建物だ。所有者が昨年、負担軽減のため東京都文京区による維持管理を要請したが交渉はまとまらず、一時は取り壊しも検討された。保存の声を受け、区が補助金を上乗せする形で今年3月、同区内の跡見学園女子大学が取得した。キャンパス外施設として活用するほか、今秋には一般公開予定という
    (撮影/写真部・植田真紗美)

熊本市で夏目漱石が暮らした旧居。当時、書斎として使われていた2階の部屋
(撮影/写真部・馬場岳人)
鶯も柳も青き住居かな
夏目漱石
少なくとも5回は引っ越しをくり返した熊本で、1900年、英国留学前の最後の約4カ月を過ごした第6旧居。当時と同じ場所に漱石の旧居が残るのは、内坪井旧居(第5旧居)を含め、全国でも2軒だけだという。漱石は熊本時代、俳句に熱中していた。第6旧居でも、庭で鳴く鶯を詠んだ句(右)などを残している
(撮影/写真部・馬場岳人)
当時の面影を残す1階和室の欄間
(撮影/写真部・馬場岳人)
漱石が書斎として使っていた2階につながる急な階段
(撮影/写真部・馬場岳人)
障子のすりガラスも当時のまま残るという
※個人所有のため、一般公開はしていない。
(撮影/写真部・馬場岳人)
アパートの便所の金網張られた四角い窓から、富士が見えた
太宰治
東京都杉並区にある碧雲荘。今なお当時の趣を残す。個人所有のため、中に入ることはできない
(撮影/写真部・植田真紗美)
碧雲荘の玄関部分。1階が母屋で、2階がアパート。太宰はアパートの一室に、1936年11月から約7カ月住んだ
(撮影/写真部・植田真紗美)
『富嶽百景』の一節(右上)に登場する、共同便所の窓。今では建物に遮られ、富士山は望めない
(撮影/写真部・植田真紗美)
碧雲荘2階の廊下。いちばん奥の左側にある8畳間が、太宰が暮らした部屋だ
※保存についての問い合わせは、日本民家再生協会http://www.minka.or.jp/まで
(撮影/写真部・植田真紗美)
存続が決まった、樋口一葉ゆかりの「伊勢屋質店」
(撮影/写真部・植田真紗美)
『たけくらべ』で知られる明治時代の小説家、樋口一葉。生活に困窮した一葉が晩年通った旧伊勢屋質店も存続が危ぶまれた建物だ。所有者が昨年、負担軽減のため東京都文京区による維持管理を要請したが交渉はまとまらず、一時は取り壊しも検討された。保存の声を受け、区が補助金を上乗せする形で今年3月、同区内の跡見学園女子大学が取得した。キャンパス外施設として活用するほか、今秋には一般公開予定という
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