財界の「強硬派」が動きだした。

「官邸は財界に『借り』をつくった。今度は返してくれる番でしょう」(経団連関係者)

 官邸の「借り」とは、今年の春闘で安倍政権の要請に沿う形で、大企業が軒並みベースアップ(ベア=月給を一律に引き上げること)をはじめ6年ぶりの本格的な賃上げに踏み切ったことだという。

「労使交渉に政府が介入するとは不愉快きわまりないが、百歩譲って政権の顔を立てた」(ある経営者)

 その「見返り」に、「残業代ゼロ」制度の実現をねらっているというのだ。

「人件費を削減したい企業にとっては願ったりかなったりの制度です」(専門家)
 実際に、首相官邸で4月22日に開かれた産業競争力会議で議題にのぼった。長谷川閑史・経済同友会代表幹事がまとめた提言だ。

 この提言は<労働時間ベースではなく、成果ベースの労働管理を基本(労働時間と報酬のリンクを外す)>として、どれだけ長時間働こうが残業代をゼロにする新制度の創設をうたっている。賃金は働いた時間ではなく目標の達成度などに応じて変わるようになる。

 具体案のひとつはこうだ。

 
<年収下限の要件(例えば概ね1千万円以上)を定める>。要するに年収が1千万円以上だと「残業代ゼロ」の対象になるわけだ。高所得者だけが対象のように思ってしまうが、「年収要件」は、今後どんどん引き下げられる危険性があるという。

「残業は原則として禁止、どうしても残業させるなら労使で協定を結び、そのうえで割増賃金も支払う。こうした現行の法体系を根本から覆す」(日本労働弁護団の棗一郎弁護士)
 提言を受けて、会議では田村憲久厚生労働相が、

「医師の場合、当然1千万円以上もらわれている。ところが、いまの医師の働き方をすれば、時給換算すると、最低賃金に近い方々もおられる。医師のような働き方をよけいに助長する」

 と、労働時間がさらに長くなるとの懸念を示した。それに対して、竹中平蔵・慶応義塾大学教授が、

「いまおっしゃった医療の問題は、医療行政の問題である」

 と反論する場面もあった。

「残業代ゼロ」の適用は本人の希望に基づくとして、<本制度の選択または不選択は、昇進その他処遇に不利益にならないようにする>としている。しかし、ある有名企業の人事担当は不安を隠さない。

「会社に『残業代ゼロ』を求められれば、従業員は断れないでしょう。そもそも経営者は、労働時間を気にする人を昇進させるものでしょうか」

週刊朝日  2014年6月6日号より抜粋