政府は8月1日、空間放射線量「毎時0.23マイクロシーベルト」の除染目標を変更する発表を行った。被曝の危険性はもちろんだが、東大先端科学技術研究センター教授で、南相馬市と楢葉町の除染委員長を務める児玉龍彦氏は国の姿勢に「安全神話」が復活すると危機を感じている。

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 事故でまき散らされた放射性物質を可能な限り減らしていくことが大切なはずですが、今回の政府の発表のように、線引きの議論ばかりが行われているのは残念です。

 空間線量で0.23マイクロシーベルト/時という基準にも疑問は残りますが、今のところ大きな目標と言われてきた数字でした。それを政府が後から急に変えたら、国民に不安感を与えてしまう。除染で個人線量を重視していくという方針も疑問です。個人で線量を測ること自体は大切ですが、測った時点ですでに被曝している。環境をきれいにしないまま線量計をつけさせて、たまたま運よく被曝しなかったらよくて、被曝していたら「運が悪かった」とか、「本人の努力が足りない」ということにならないか心配です。線量計などなくても安心して暮らせる地域にしない限り、子どもたちは戻ってこないし、本格的な復興は進まないでしょう。

 そもそも、一律の目標値で除染を行うことは無理があり、もっと厳密にするべきだと思います。ひとくちに放射性物質といっても、セシウム、トリチウムなど物質ごとに性質も対処法も違う。線量計で測れない内部被曝の問題もある。例えばコメの全袋検査を行い、基準以上のセシウムが検出された農地から優先的に除染を行うなど、優先順位を決めたきめ細かい対策が必要なはずです。日本の食品や環境技術が世界的に評価されてきたのは、安全や環境への基準の厳しさが信頼されてきたからです。そうした強みを放棄してはいけない。

 最大の問題は、国が地域住民の声をまったく聞こうとしていないこと。私も福島第一原発の事故直後は国会や首相官邸に呼ばれましたが、その後、南相馬市と楢葉町の除染委員長を務めるようになってからは、一度も呼ばれたことがない。政府の専門委員会など政策決定に関わっているのは3.11前と同じ原子力ムラの人々で、批判的な考えの人を入れないから、議論にならない。かつての安全神話が、また繰り返されようとしています。

週刊朝日  2014年9月5日号