「そういえば、次男は耳かきをせがむけど長男は来ない。中学生くらいから触っていないかも」


親は自分に目を向けて
 家族のありように変化もある。成田さんはここ10年ほどで、成人の患者が増えたと感じている。教育実習の際、突然子どもたちの前で話ができなくなるなど対人恐怖の症状が出た女子大生。高校まで問題がなかったのに大学で不登校やひきこもりになるケース。しかも、そういった患者のほとんどが、絵に描いたような「ハッピーな家庭」で育っている。争いごとを嫌い、多少違和感があっても意見しない。
「一番の病理はいい子すぎること。子どもに感情を表出させる機会を与えていないから、コミュニケーション脳といわれる前頭葉を使って行動を起こす経験を積めないのです」(成田さん)
 背景にあるのは親たちが「いい子を育てる=自分の評価」ととらえる風潮だ。特に高学歴夫をもつ専業主婦にその傾向が強い。子どもは親の意向を敏感に感じ取り、本来なら「もう、いい子はやめた!」とばかりに荒れる思春期を自我封印で静かに過ごす。あれはダメ、これもダメと何でも管理する空気が「教育現場だけでなく社会全体に強いのも影響している」(同)
 では、どうすればいいのか。成田さんに高学歴親へのアドバイスをしてもらった。会話やスキンシップの重要性が説かれているため、ワーキングマザーは「子どもにかかわる時間が短いからダメだ」と思いがちだが、実は働く母のほうが子育てにはつまずかないという。
「圧倒的に時間がないので過度な干渉をせずに済む。保育園や学童保育で大人の目が入るし、その集団の中で子どもはさまざまな経験を積む。専業主婦の方には、趣味を持つなど、とにかくわが子よりも自分に目を向けてと話します」(成田さん)
 ケンカ上等。放任万歳。親子で思いをぶつけあい、学歴よりも大事なものを見つけたい。
(文中カタカナ名はすべて仮名)

■ゆり綜合法律事務所・川村百合弁護士に聞く

表出する高学歴親の虐待 子どもの人格を尊重して

 高学歴の親でも、子育てに行き詰まった末に親子が孤立化し事態が悪化すれば、児童虐待に結びつく場合も少なくない。それを防ぐにはどうすればいいのか。社会福祉法人カリヨン子どもセンター理事を務め、多くの児童虐待の家庭をサポートしている弁護士の川村百合さんに話を聞いた。

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 2012年度に全国の児童相談所が対応した児童虐待の相談件数は6万6807件。児童虐待防止法が成立した00年度から4倍増ですが、虐待そのものが極端に増えたわけではなく、住民の理解や警察などとの連携が進んだ結果だと言われています。
 現場の実感として高学歴の親による虐待が表出するようになったと感じます。児童虐待は貧困層でしか起こらないと思われがちですが、ここ10年くらいはホワイトカラー層にかなり発見されるようになった印象です。つきっきりで勉強を教え、うまくいかないと殴る。身体的な虐待がなくとも言葉の暴力などの心理的抑圧を与える。親自身が同じように育てられたケースも少なくなく、多くは虐待という認識がありません。自覚がないからやめられないのです。
 私たちは子どもを一人の人間として尊重し、大人と同じ独立した人格を持つ「人権・権利の主体」としてとらえなくてはいけません。虐待かどうかを自己診断するのは危険ですが、子育てがうまくいかないと感じたら、自問自答してみてください。
「子どもの人生は子どものもの。自分の思い通りにならなくてもいいのだと、私は心の底から思えるだろうか?」と。
 もしくは、ママ友など周囲のほうが子育てのありようを冷静に見られるもの。互いにアドバイスしあえる関係を築くこともとても有効です。

AERA 2014年6月16日号