田原総一朗氏「ますます迷走する日韓関係につける薬なし」

 いまだぎくしゃくとしたままの中国や韓国との関係性。ジャーナリストの田原総一朗氏は解決の糸口が見えないこの東アジア近隣諸国との外交問題に頭を抱える。

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 どうも、私たち日本人は、お隣の中国や韓国とつき合うのが苦手中の苦手である。歴史的に苦手なのだ。例えば、昭和の時代に日本が最も長く戦争をした相手国は中国だが、8年間という長い期間、なぜ中国と戦争しなければならなかったのか、さっぱり分からない。

 さらに、日本は1910年に韓国を併合した。つまり植民地にしたわけだ。韓国に対しては、どんな理屈があったにせよ申し訳ないとしか言いようがない。だが、率直に言って、韓国を併合して、いったい、日本にとってどのようなメリットがあったのだろうか。

 日本が併合しなければ、ロシアの支配下となった? あるいは、中国の支配下となった? しかし、韓国を独立させ続けるためならば、併合以外にも方策があったのではないか。例えば、韓国人から最も嫌われている日本人は伊藤博文だが、彼は韓国併合には反対だったのである。

 日本人は韓国とのつき合いが下手だと痛切に感じたのは、特に1970年代だ。私は77年に韓国を取材して、月刊文藝春秋に「韓国―黒い癒着からの離陸(テイクオフ)」というルポルタージュを書いた。当時、日本のほとんどの新聞もテレビも、「北朝鮮こそが地上の楽園であり、韓国は地上の地獄だ」と報じていた。

 当時、朴正熙大統領下で、政治はお世辞にも民主化しているとは言えなかったが、経済はすさまじい勢いで発展していて、近い将来、日本にとっても怖い存在になりそうだった。そこでそのことを書いたら、多くのメディアでコテンパンに批判された。メディアは「北朝鮮が地上の楽園だ」と、大誤解をしていたのだ。

 私は、韓国で何人もの政治家や経営者たちと親しくなり、やっと日韓関係はうまくいくのではないかと自信を持った。現に中曽根康弘、宮沢喜一、小渕恵三、そして森喜朗などの歴代首相は韓国と友好的であった。

 だが、なぜか李明博大統領の2011年あたりから、韓国は猛然と抗日的になった。実は私は、大統領になる直前の李氏と会談したことがある。彼は、私に「韓日が力を合わせて、新しい未来をつくろう」と強調したのである。

 ところが、その李大統領が12年の8月に、わざわざ日本を挑発するように竹島に上陸した。

 同じ年の5月に、戦時中に徴用された韓国人労働者たちに、新日鉄住金や三菱重工などは賠償金を払え、という意見が盛り上がった。そして、今年の7月に韓国の高裁が賠償を払えという判決を下した。

 しかし、徴用された労働者の賠償請求権問題は、65年の日韓基本条約ですべて決着がついている。そういう問題をすべて決着させるために、日本政府は「経済協力」という表現で5億ドルを韓国に支払ったのだ。

 もっとも、その後、盧武鉉大統領下の03年に、賠償金問題が持ち出されたが、このときは韓国政府が支払うという結論となったはずだ。

 それが、今年の7月になり、またまた新日鉄住金、三菱重工などに賠償金を支払えということになったのである。私の知り合いの韓国の政治学者たちは困惑している。

 あるいは韓国の国内事情で、大統領も抗日的にならざるを得ないのかもしれないが、国と国との条約を曲げて妥協するわけにはいかない。といって、韓国とは友好的につき合いたい。いったいどうすればよいのだろうか。

週刊朝日 2013年9月6日号

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