第117回 ロキシー・ミュージックとフィル・マンザネラ |AERA dot. (アエラドット)

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第117回 ロキシー・ミュージックとフィル・マンザネラ

文・小熊一実

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 ロキシー・ミュージックを知ったのは1972年、高校一年生のときだ。バンド名と同じタイトルのデビュー・アルバム『ロキシー・ミュージック』をレコード・ショップで発見した。

 まずは、そのアルバムのジャケットに思春期のわたしは驚いた。セクシーなお姉さんが、真っ赤な唇を半開きにして、こちらを見つめている。ジャケットを広げると、反対側には下半身まで写っていて、その全身を見ることもできる。このジャケットにも惹かれたが、お色気と同時に、ちょっとチープなところがあることにも気づいていた。

 買おうと思った理由は、決してセクシー・ジャケットのためだけではなく、プロデューサーがキング・クリムゾンのピート・シンフィールドだったからかもしれない。キング・クリムゾンとグラム・ロックの融合などとも評されていた。当時の彼らの写真を見ると、デヴィッド・ボウイやT・レックスなどが人気だったグラム・ロックの影響を受けていたと思う。背中に鮮やかな鳥の羽を背負ったイーノ(のちのブライアン・イーノ、このころは、ENOと表記されていた)の写真が印象的だった。フィル・マンザネラはトンボの複眼のようなサングラスをつけていた。どうみても、変な人たちという印象だった。

 音楽はプログレッシブな要素を持ったロックンロールといった感じだった。なかなか不思議な魅力を持ったバンドで、わたしはすべてのアルバムを聴いている。

 ボーカルのブライアン・フェリーも粋な紳士と変態な感じを同時に併せ持っていて、独特の存在感があり、ソロ・アルバムも魅力的だ。

 また、ブライアン・イーノも2枚目の『フォー・ユア・プレジャー』でロキシー・ミュージックを脱退してしまうが、その後のソロ活動やプロデューサー活動も興味深い。有名なところでは、トーキング・ヘッズやU2のプロデュース、アンビエント・ミュージックの先駆けとなった『ミュージック・フォー・エアポート』などがあるだろうか。また、初期のソロ・アルバムにも魅力的なものが多い。

 そして、今回、来日するフィル・マンザネラの活動も忘れることはできない。

 わたしが一番好きなのは、ブライアン・イーノも参加している801というプロジェクトだ。1976年に発表された『801ライヴ』の2曲目に《TNK (Tomorrow Never Knows)》という曲が入っている。

 これは、ビートルズの1966年発表の『リボルバー』、レコードでは、B面の7曲目、アルバムの最後に入っている曲だ。最初から終わりまで、Cコード、1つだけで作られ、録音したテープを、何度も繰り返し再生したり、逆に再生したりと、サイケデリックな音楽の新しい実験的な試みだった。 それをカバーしているのだが、これがかっこいい。しかも、タイトルは「明日のことはわからない」だ。

 フィルの最近の活動の一つに、ピンク・フロイドの『永遠/TOWA』への参加がある。デヴィッド・ギルモアと並んで、プロデューサーとしても表記されている。また、ギルモアのソロ・ライヴにもミュージシャンとして参加している。

 わたしは、ロキシー・ミュージックとして来日した、東京国際フォーラムでの彼のライヴを見ている。今回、この時の情報を探してみたのだが、正確な情報が見つけられなかった。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件の少し前だったように記憶しているのだが、もしおわかりの方がいたら、教えてほしい。

[次回6/7(水)更新予定]

■公演情報は、こちら
東京公演
大阪公演


(更新 2017.5.10 )


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プロフィール

小熊一実(こぐま・かずみ)

 1956年生まれ。プロデューサー。このサイトの前身「JAZZ STREET」に引き続き、「Music Street」の企画編集を担当。ジャズ、ロックはもちろん、クラシック、歌謡曲からアヴァンギャルドまで、聴きまくっている音楽狂。音楽以外にも、落語会やロボット・イベント、映画も製作している。ここでは、ジャンルを超えて、趣味に走ったライヴ情報をお届けしたい。補足情報をfacebookに掲載します、見て下さい。https://www.facebook.com/kazumi.koguma

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