第81回 ポール・マッカートニーが日本武道館でライヴをやるということ |AERA dot. (アエラドット)

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第81回 ポール・マッカートニーが日本武道館でライヴをやるということ

文・小熊一実

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『ポール・マッカートニー・ライブ!!』  1989年9月から1990年6月にかけて行われた、初のソロ名義でのワールド・ツアー(通称「ゲット・バック・ツアー」)

『ポール・マッカートニー・ライブ!!』  1989年9月から1990年6月にかけて行われた、初のソロ名義でのワールド・ツアー(通称「ゲット・バック・ツアー」)

『ポール・イズ・ライブ』 1993年の3月から12月にかけて行われた『ニュー・ワールド・ツアー』

『ポール・イズ・ライブ』 1993年の3月から12月にかけて行われた『ニュー・ワールド・ツアー』

 ポール・マッカートニーが日本武道館でライヴをやるということを聞いて、多くの日本人が、ある種の感慨をもったに違いない。それはもちろん、1966年6月30日から7月2日にかけて日本武道館で行われた、ビートルズの来日公演以来ということだ。つまり49年ぶりに、ポールは武道館のステージに立つことになるのだ。

 ビートルズでは、リンゴ・スターが「リンゴ・スター&ヒズ・オール・スター・バンド」を引き連れて1995年の6月に再来日し、武道館のステージに立っている。ポールが2人目の再訪メンバーということになる。ジョン・レノンもジョージ・ハリスンも亡くなっているので、武道館に再訪できたのは2人だけということになる。

 そんなことを考えていたら、やっぱり武道館に立つポール・マッカートニーを見てみたくなってしまい、さっそくチケットぴあの先行予約などを調べてみたら、思わず内山田洋とクール・ファイブの《長崎は今日も雨だった》のバック・コーラスのように「わわわわ~」という声が漏れてしまった。

 そう、さっしのよい方はピーンときたはずだ。
 そうです、SS席1枚10万円! 女の子を誘って2人で行ったら、いや、かーちゃんといっしょに行ったら20万円!

 そうです、これがわたしの度量というモノなのだろうか、前に一度見ているし、いいやと諦めてしまったのだ。しかもそのときは、東京ドームのはじっこの最後尾の席だった。一生懸命取ったわけではなく、偶然手に入ったようなモノだった。しかも1人。最後の1枚だった。「今買わないと、すぐ売れちゃいますよ!」とお店の人に言われて、買ったのだった。仕事を無理やり抜け出して、観に行ったのを覚えている。

 そして、1曲目の《ドライブ・マイ・カー》が始まったとたん、学生時代に夢中で聴いていた『ラバー・ソウル』のジャケットが目に浮かんできた。東京ドームの最後尾の後ろの壁からはね返ってくる反射音と遠く立ってビートルズの曲を歌いまくるポールの姿を観ながら、わたしはひとりで、ある思いがこみあげてきた。

 ウィングス時代、妻のリンダやこどもたち、バンドのメンバーと車で移動しながら、演奏する場所を探して突然ライヴをするというゲリラ的活動からはじめて、最後はワールド・ツアーを行うまでに成長していくのであるが、その頃のライヴでは、ビートルズの曲を少ししか演奏していなかった。
 ウィングス時代のライヴの様子を知るには映画『ロックショウ』があるが、今このブルーレイに納められている曲をみると、全28曲のうち、ビートルズの曲は5曲である。1曲目の《ヴィーナス・アンド・マース》から、《ロック・ショー》《ジェット》とメドレーで開始され、7曲目にビートルズ時代の《レディ・マドンナ》、続いて《ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード》が演奏される。その後3曲をはさんで、13曲目から《夢の人》《ブラック・バード》《イエスタデイ》と続く。
 ウィングスは、1973年の『バンド・オン・ザ・ラン』、75年の『ヴィーナス・アンド・マース』と大ヒット・アルバムを生み出し、1976年には、先ほどの映画『ロックショウ』が撮影されることになる全米ツアー『ウイングス・オーヴァー・アメリカ』が開始される。

 わたしは映画『ロックショウ』を観ながら、ポールがビートルズを離れ、新しいバンドでの成功と自信に満ちた姿を観ながら、もっとビートルズの曲を聴きたいなとか、もうビートルズの曲が演奏されることはないのだろうか、とちょっとさみしくなりながら思ったものだ。

 リンダが産休に入ったためライヴ活動は少なくなるが、『ロンドン・タウン』『バック・トゥ・ジ・エッグ』とアルバムは作られ、79年にイギリス・ツアーが行われ、80年に初めての日本ライヴが行われるというそのときに、ポールは大麻所持で逮捕されてしまう。

 これをさかいにウィングスは活動を休止し、いまだ再稼働していない。

 1989年ポールは、ライヴ活動を開始する。90年6月まで行われたソロとしては初めてのこのツアーは、「ゲット・バック・ツアー」と呼ばれ、そこで演奏された曲の半分がビートルズ時代のモノということで話題を呼んだ。そして、90年3月には、24年ぶりの来日が実現したのだった。
 そして93年にも来日する。わたしが行ったのは、このときのライヴだ。
 その後、ポールはワールドツアーも行っているが、各種のフェスティヴァルやチャリティーコンサートに数多く参加するようになった。

 2002年、2013年と来日し、2014年にも来日を計画していたが、急病のため開催中止となった。このとき予定されていたのが、東京の国立競技場・日本武道館と大阪のヤンマースタジアム長居。そう、ほんとうはこのときに武道館公演が行われるはずだったのだ。

 そして今年、そのリベンジとして、武道館公演が行われる。
 チケットは、SS席10万円からあるのだが、一番安いC席は25歳以下限定販売で、1966年ザ・ビートルズ武道館公演と同料金の2100円。これは、ポールの考えだろうか?[次回4/15(水)更新予定]

■参考
第60回 わたしが一番好きな時期のポール・マッカートニー

■チケット情報はこちら
http://outthere-japantour.com/


(更新 2015.4. 1 )


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プロフィール

小熊一実(こぐま・かずみ)

 1956年生まれ。プロデューサー。このサイトの前身「JAZZ STREET」に引き続き、「Music Street」の企画編集を担当。ジャズ、ロックはもちろん、クラシック、歌謡曲からアヴァンギャルドまで、聴きまくっている音楽狂。音楽以外にも、落語会やロボット・イベント、映画も製作している。ここでは、ジャンルを超えて、趣味に走ったライヴ情報をお届けしたい。補足情報をfacebookに掲載します、見て下さい。https://www.facebook.com/kazumi.koguma

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