第71回 ロック・オペラ『ジーザス・クライスト・スーパースター』と劇団四季とチケットぴあの立ち上げ |AERA dot. (アエラドット)

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第71回 ロック・オペラ『ジーザス・クライスト・スーパースター』と劇団四季とチケットぴあの立ち上げ

文・小熊一実

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 高校生のとき、6歳年上の従姉妹から、地元の百貨店に勤めている彼女の同級生を紹介してもらった。
 レコードを聴くのに夢中になっているわたしを見かねてか、百貨店に勤めている彼女を通して買えば、レコードが2割引になるというので、紹介してくれたのだ。
 もっとも、3枚くらいお世話になったところで、「これで最後にしましょう」と言われてしまった。どう考えても彼女が聴くとは思えないようなレコードばかりだったので、社内で買いづらくなってしまったようだ。
 レコードの受け渡しは、百貨店の裏口だったと思う。仕事中の制服の彼女が抜け出してきて、渡してくれた。きれいな人だったという記憶はあるが、名前も思い出せないし、百貨店以外で会ったこともなかった。だから、プライベートな話は一度もすることはなかった。

 その頃のわたしは、女の子と映画を観に行ったり、デートをしたことはあったが、それは、すべて女の子に誘われて連れ出されていたのであって、自分から女の子を誘ったことなどなかった。どうやって誘っていいかさえも、わからなかった。奥手な少年だったのだ。今思えば、一度くらいはお礼と称して食事くらいおごるべきだったのだろうが、時間を戻せるならば、あの時の自分に会いに行ってアドバイスしてあげたい。でも、高校生になりたての16~17歳のニキビ面の小僧では、22~23歳のお姉さんに、相手にしてもらえなかったろうな。

 このお姉さんに買ってもらった2割引のレコードの1枚が、ロック・オペラ『ジーザス・クライスト・スーパースター』だ。割引になるのだから、できるだけ高いものを買おうという下心があったのを今でも覚えている。
 このレコード、2枚組で箱入りだった。わたしが生まれて初めて買った箱入りレコードである。日本盤なので訳詞もついていた。今にして思えば、当時のクラシックのオペラのレコードの体裁に似せていたのだと思う。
 イギリスでは1970年の発売だが、わたしが買ったのはもう少し後だった。すでに、ブロードウェイで話題になっていると聞いていたように記憶する。

 今、アマゾンで調べてみたところ、「オリジナル・ロンドン・コンセプト・レコーディング」と書かれているバージョンだ。
 1971年のブロードウェイでの初演以来、多くの国で上演されているヒット・ミュージカルとなったが、最初は舞台ではなく、レコードとしてこの世に現れたのだ。

 わたしはまず、このロック・オペラという響きにやられてしまった。カッコいいと思ったのだ。
 ザ・フーもロック・オペラ『トミー』を出しているが、こちらは実際に上演されているわけではなかった。ケン・ラッセルによって映画化されるのは、75年だ。ブロードウェイで舞台化されるのは、93年まで待たねばならない。

 それから、このロック・オペラ『ジーザス・クライスト・スーパースター』のジーザス役にはディープ・パープルのリード・ヴォーカル、イアン・ギランが歌っているではないか。そして、マグダラのマリア役のイヴォンヌ・エリマンが歌う《私はイエスがわからない》も評判がよかった。イヴォンヌは、その後、74年頃からエリック・クラプトンのバック・ヴォーカルに参加する。この頃の彼女の声は、クラプトンの『ライヴ』や『クロスロード2 ライヴ・イン・ザ・セヴンティーズ』4枚組で聴くことができる。また、第21回グラミー賞最優秀アルバム賞に輝いたサウンド・トラック『サタデー・ナイト・フィーバー』の中に入っていたビージーズ作曲の《アイ・キャント・ハヴ・ユー》で、全米シングル・チャートで1位になっている。また、73年のノーマン・ジュイソン監督による映画『ジーザス・クライスト・スーパースター』にもマグダラのマリア役で出演している。

 そして、このアルバムの内容が、イエス・キリストが処刑されるまでの最後の7日間を描いているというのにも心ひかれた。このアルバムを聴くことによって、イエス・キリストが処刑される前夜に、十二使徒といっしょにとった最後の晩餐やユダの裏切り、曲のタイトルにもなっている《ゲッセマネの園》やマグダラのマリア、ペテロやピラト、ヘロデ王などを知った。このアルバムをきっかけに興味を持ち、聖書にまつわるさまざまな本を読んで知識を得たことが、その後、絵画や小説、歴史を知るときに、大きなプラスになったことは間違いない。

 もうひとつ、忘れてはいけないのが、作曲のアンドリュー・ロイド・ウェバーと作詞・台本のティム・ライスだ。
 アンドリュー・ロイド・ウェバーは、1948年生まれというから、70年に発表された『ジーザス・クライスト・スーパースター』は、22歳のときの作品ということになる。その後の彼の活躍は、その代表作のタイトルを並べるだけでも十分だと思う。
『エビータ』『キャッツ』『オペラ座の怪人』などである。
 私生活では、彼の作品に数多く出演していたサラ・ブライトマンと2度目の結婚をし、その後、離婚している。
 ティム・ライスは、『エビータ』でウェバーと共作、ディズニーの『アラジン』『ライオン・キング』『アイーダ』などにも、作品を提供している。
 これらの作品の多くは映画にもなっているので、たくさんの方が観ていると思うが、基本は舞台である。
 特に、日本では劇団四季により上演され続けている。

 ここで、劇団四季とわたしの思い出を紹介しよう。
 1983年、わたしは、ぴあ株式会社に入社した。27歳だった。
 その頃のぴあ株式会社は、情報誌「ぴあ」を発行していた。インターネットなどない時代、どこでどんな映画を上映しているのか、どこでどんなコンサートや演劇が行われているのか、美術館やギャラリーや演芸・寄席の情報までも掲載している情報誌だった。情報誌「ぴあ」を知らない若者はいないくらい読まれていた。
 そんなぴあが、エンターテイメントのチケットをコンピューターで管理し、販売するシステムを開発していて、その新しい事業のためのスタッフを集めているということで、わたしにも声がかかった。この事業が「チケットぴあ」だ。

 それまでのチケット販売は、人気公演の場合は、新聞の告知によって主催者の事務所の前に徹夜で行列を作って購入する方法と、池袋や渋谷、新宿といった大きな駅に、プレイガイドとよばれていたチケット販売店で購入する方法が中心だった。
 もちろん、印刷してあるチケットなので、新宿のお店にはまだあるのに、渋谷では売り切れ、などということがよくあった。チェーン店であれば、どこの駅の店に行けばまだ残っている、ということも調べてくれるが、そうでなければ、わざわざ行くか、各店に自分で電話をかけて確認するしかないのだ。しかも、予約をして取っておいてくれるということはなく、チケットがまだあるお店まで、電車に乗って移動して、着いてみると、さっき売れてしまったということも、ないわけではなかった。

 それが電話1本で予約ができ、しかも、コンピューターの中にチケットの在庫状況が入っていて、どこのお店に行っても、その時点で、1番よい席が買えるというのだ。わたしは、なんという素晴らしいシステムなんだろうと思ったものだ。そんな素晴らしいシステムをはじめるメンバーに自分が参加できるなんて、チャンスではないか、やってみよう、ということで、わたしはぴあに入社した。

 それからは、怒濤のような毎日だった。
 まず、わたしと年下の先輩社員、おちゃらさんの2人に課せられたミッション、その1。チケットぴあのお店で、チケットを売るための販売マニュアルを作ること。これは、日本ではまだ誰もやったことがない販売システムのマニュアルを作るのだから、お客様はどうやってやってくるのかのシュミレーションからはじめた。

 最初にお客様のいう情報はなにか? アーティスト名か公演タイトルか? 会場名? ジャンルによって違うかも知れない。
 いや、これからチケットぴあでチケットを販売する人たちは、今まで一度もチケットを売ったことのない人たちが多い。だから、なにを言われても対応できる、というわけにはいかない。
 こちらから、必要な情報を聞いていく方法にしよう。

 JRのチケット売り場にあるような申込書をあらかじめ書いてもらえば、スムーズに対応できるのではないか。そんな右往左往をしながら、販売マニュアル、申込書のデザインを作った。
 そして、それらを元に、チケットぴあスポットという委託店のスタッフの方たちへの研修を行った。最初の60店舗への研修をひとりで遂行した。しかも、開発中のシステムはことあるごとに動かなくなり、導入開始までには安定して動くようになります、と冷や汗混じりの毎日だった。

 そして、1983年11月11日、日本初の大型ロングラン公演、劇団四季の『キャッツ』の初日が決定。『キャッツ』の発売に合わせチケットぴあの試験販売が10月に実施された。
 電話予約のほか、店舗販売は、新宿アルタのぴあステーション1店。結果は、ご存じのように大成功。『キャッツ』のチケットは、半年以上先まで売り切れてしまった。
 そんなことから20年、わたしはチケットを販売の仕事にたずさわっていたのだ。その間、劇団四季とチケットぴあとは、常に密接な関係を結んでいた。
 販売担当であったわたしは、劇団四季の公演は、なんらかの形で観ることができた。劇団四季のポリシーとして、販売をしてくれる人に先ず観てもらい、気に入ってもらって、販売をしてほしい、という姿勢がいつも感じられ、わたしたちはいっしょに仕事をし、応援していた。

 劇団四季の『ジーザス・クライスト・スーパースター』は、1973年に『ロックオペラ イエス・キリスト=スーパースター』として初上演された。71年がブロードウェイの初演なので、2年後には上演していたわけだ。
 さて、わたしが観たのは、創立30周年の83年に稽古場、工房、事務所を備えた「四季芸術センター」(横浜市青葉区あざみ野)落成の直後、「四季芸術センター」の内覧会も兼ねるということだったと記憶しているが、その稽古場での、本番さながらの公開ゲネプロ(本番と同じように演じる)を観たのだ。上演中、一度だけ、演出の浅利慶太氏が舞台にかけ上がり、ジーザスの腕をひっぱって、演じていた立ち位置を黙って変えたのが印象的だった。たぶん、彼が一番目立っていた。
 今回は、『ジーザス・クライスト=スーパースター エルサレム版』での上演だ。[次回10/8(水)更新予定]


■公演情報はこちら
http://www.shiki.jp/applause/jesus/


(更新 2014.10. 1 )


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プロフィール

小熊一実(こぐま・かずみ)

 1956年生まれ。プロデューサー。このサイトの前身「JAZZ STREET」に引き続き、「Music Street」の企画編集を担当。ジャズ、ロックはもちろん、クラシック、歌謡曲からアヴァンギャルドまで、聴きまくっている音楽狂。音楽以外にも、落語会やロボット・イベント、映画も製作している。ここでは、ジャンルを超えて、趣味に走ったライヴ情報をお届けしたい。補足情報をfacebookに掲載します、見て下さい。https://www.facebook.com/kazumi.koguma

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