第66回 アート・ガーファンクルと映画『卒業』の頃 |AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

第66回 アート・ガーファンクルと映画『卒業』の頃

文・小熊一実

プロフィール   バックナンバー   ミュージック・ストリート トップへ

このエントリーをはてなブックマークに追加
『Bridge Over Troubled Water』Simon & Garfunkel ※ベスト盤もチェックしてください

『Bridge Over Troubled Water』Simon & Garfunkel ※ベスト盤もチェックしてください

映画『卒業』[Blu-ray]  ※キャサリン・ロスの演技もさることながら、アン・バンクロフトが素敵

映画『卒業』[Blu-ray]  ※キャサリン・ロスの演技もさることながら、アン・バンクロフトが素敵

 あなたが生まれて初めて、自分で観に行った映画はなんですか?
 あなたが生まれて初めて、異性と観に行った映画はなんですか?
 覚えていますか?

 わたしが初めて女の子と観に行った映画は、『卒業』だった。
 もちろん、その子の名前も顔も覚えている。中学3年生の時だ。

 最近、学生だった頃に観た映画を見直して、ああ、こういう映画だったのかと気づくことがよくある。
 たとえば最近、『ティファニーで朝食を』を観なおした。これは、トルーマン・カポーティ原作の映画化で、1961年にオードリー・ヘプバーン主演で映画化されたものだ。
 洒落たタイトルも、ヘプバーンの可憐さも、そのジヴァンシーのファッションも素晴らしく、ヘンリー・マンシーニによるテーマ曲の《ムーン・リヴァー》もあわせて、女性にも人気のある映画だが、今回観て、主人公のホリー・ゴライトリーの仕事(?)の意味が初めてわかったように思う。しかも、田舎から夫が出てきたりする、おかしくも哀しい挿話もある。原作の小説では、ホリーの年齢は、あと2カ月で19歳の誕生日を迎える年齢になっている。中学生の時には、自由に生きる女の子の恋物語のように思っていたが、今観ると、田舎の生活から逃げ出してきた亭主持ちの若い人妻が、夫や家庭から逃げ出して、男どもの間をうまくわたりあいながら、都会で必死に生きている映画だったのだなと知ることができた。

 キャサリン・ヘプバーンの主演の『旅情』も素晴らしく、楽しい映画で、これも中学生の時に観た。だが、婚期を過ぎたOLのイタリアへの一人旅の気持ちなどが、中学生にわかるはずもなく、大人になってから観なおして、中学生の時には、何を観て、どう思っていたのだろうと考えた。たぶん、写真を撮ろうとして運河に落ちるところで、仲良しになった少年にカメラだけ救われる場面を見て、この映画おもしろいと思っていた程度ではなかったか。

 小説でもそうだ。中学の時に優良図書に選ばれていた川端康成の『雪国』を読んだが、どこがおもしろいのか、さっぱりわからなかった。ところが、大人になってから読むと、そのおもしろさは文学を通り越して、楽しむことができた。
 たとえば、こんな描写がある。
 主人公の島村が、雪国を二度目に訪れたときの描写だ。一文がかなり長いが、川端康成の短いセンテンスと長い文章の組み合わせの妙を感じてほしいので、ここにそのまま書き写す。
 以下、『雪国』より。

 あんなことがあったのに、(筆者註:「あんなことがあった」ですよ! 意味わかりますか?)手紙も出さず、会いにも来ず、踊の型の本など送るという約束も果たさず、女からすれば笑って忘れられたとしか思えないだろうから、先ず島村の方から詫びかいいわけを言わねばならない順序だったが、顔を見ないで歩いているうちにも、彼女は彼を責めるどころか、体いっぱいになつかしさを感じていることが知れるので、彼は尚更、どんなことを言ったにしても、その言葉は自分の方が不真面目だという響きしか持たぬだろうと思って、なにか彼女に気押される甘い喜びにつつまれていたが、階段の下まで来ると、
「こいつが一番よく君を覚えていたよ。」と、人差指だけ伸ばした左手の握り拳を、いきなり女の目の前に突きつけた。
「そう?」と、女は指を握るとそのまま離さないで手をひくように階段を上って行った。
 炬燵の前で手を離すと、彼女はさっと首まで赤くなって、それをごまかすためにあわててまた彼の手を拾いながら、
「これが覚えていてくれたの?」
「右じゃない、こっちだよ。」と女の掌の間から右手を抜いて炬燵に入れると、改めて左の握拳を出した。彼女はすました顔で、
「ええ、分かってるわ。」
 ふふふと含み笑いしながら、島村の掌を拡げて、その上に顔を押しあてた。
「これが覚えていてくれたの?」
「ほう冷たい。こんな冷たい髪の毛初めてだ。」

 このような表現を、50代も後半になって、やっと分かるようになったわたしだが、中学生のわたしには、なにもわからなかった。もし今タイムマシーンがあって、その時代のわたしに、これはこういうことなんだ、と説明できたとしても、彼はきっと理解することはできないだろう。

 さて、映画『卒業』だが、ダスティン・ホフマン演じる主人公のベンは、有名校を卒業したエリート学生。しかし、社会での進み方が決められず、もんもんとするなかで、両親の友人のロビンソン夫人に誘惑される。ロビンソン夫人の役は、アン・バンクロフト。『奇跡の人』のヘレン・ケラーを教えるサリバン先生の役も、素晴らしい演技だった。『卒業』は、彼女が36歳の時の出演だ。

 ベンに家まで送らせて、ワンピースのホックを外すのを手伝わせる場面がある。最近観て気づいたのだが、ロビンソン夫人、その当時の流行かも知れないが、アニマル・プリントが好きである。娘の部屋でホックを外させたときの下着は、豹柄だった。そして、ホテルで初めて密会をするときに着てきたコートも豹柄だけど、さっきの下着とは違う柄だ。チータ柄というのだろうか。そして、ホテルの部屋に入ってスカートを脱ぐと、ペチコートがキリン柄なのだ。
 中学生のわたしには、どこまでわかっていたのだろうか? もちろん、下着の柄の問題だけでなく、だ。
 そして映画を観ていたわたしの横には、同級生の女の子がいた。

 いっしょに行った同級生の彼女は、サイモンとガーファンクルの大ファンで、それで『卒業』を観に行こう、ということになったのである。
 今更言うまでもないが、この映画ではサイモンとガーファンクルの曲が効果的に使われている。《サウンド・オブ・サイレンス》、《スカボロ・フェア》、そして《ミセス・ロビンソン》などなど。

 この文書を書くにあたって、再度『卒業』を観た。何度目になるだろうか。ま、書いている途中で映画を観るわけだから、これ一本書くにも、時間がかかるわけだ。
 実は、『ティファニーで朝食を』も映画を見直して、かつ、龍口直太郎訳の翻訳本を持っていたはずだが、実家の段ボールの中から探すのも億劫だったし、読んでみたかった村上春樹訳で買い直した。『雪国』も、旺文社文庫の箱入りのものを持っていたのだが、見つからない。自炊してしまったかとも思うが、データ・ファイルも見つからない。実家に行けば川端康成全集があるのだが、新幹線を使って帰ることもなく、手軽に近所の本屋で文庫本を買ってしまった。

 ところで、再度見直した『卒業』は、想像以上に楽しめた。若者の行き場のないもどかしさと、世間知らずのおかしさ。中高年の倦怠と恐れと渇望。純粋な恋心と、無謀な行為。中学生のわたしは、どこまでわかって、どこに感動しただろうか?

 映画が終わって、彼女が言った。
「サイモンとガーファンクル、よかったわね。わたし《ミセス・ロビンソン》が好き。こぐまくんは、どの曲が好き?」
「《スカボロ・フェア》かな」
「ねえ、わたしのことも、あんな風に連れて行ってくれる?」
 わたしは、映画雑誌で読んだ文章を思い出した。
「でも、彼らはこのあと幸福になれるかな?」
 彼女は、すこし考えて、
「そうね、むずかしいかもね」
と、言った。

 これくらいは、中学生にも想像できたというわけだ。

 ちょうどこの頃、1970年のLPの年間売り上げの1位を、サイモンとガーファンクルの『明日に架ける橋』が独占していた。このアルバムからは、《明日に架ける橋》はもちろん、《ボクサー》《コンドルは飛んでいく》など、シングル・ヒットも4曲出ている。

《明日に架ける橋》は、ほぼ同時期に出ていたビートルズの《レット・イット・ビー》とあわせて、ゴスペルの存在をわたしに教えてくれたし、《コンドルは飛んでいく》は、アンデス地方のフォルクローレという音楽を教えてくれた。わたしはこれをきっかけに、さまざまな世界の音楽というものに興味を持つようになった。
 
 その後、《明日に架ける橋》を最後に、サイモンとガーファンクルとしてのスタジオ・アルバムは出していないが、時々いっしょにライヴをし、また、それぞれソロとして活躍している。

 日本でのライヴとしては、1982年、1993年、2009年にサイモンとガーファンクルとして来日している。わたしは、93年の東京ドームを観た。
 アート・ガーファンクルのソロとしても数回来日し、また、プライベートでも来ているようだ。今回、ソロとしては2001年以来のライヴということになる。

 わたしが50才の時、中学校の同窓会があった。『卒業』をいっしょに観に行った子も来ていた。
 大学生のときに一度会って以来だから、30年ぶりだった。

「最近どう?」
と彼女にたずねると、
「シューカツね」
と言った。
「なに?」
「シューカツ、就職活動! 息子のね。子供のいない人にはわからないか」
と言っていた。そして、用事があるとのことで、すぐに帰ってしまった。

 二次会に行ったら、中学時代、気になっていた女の子が隣に座ったので、お酒の勢いもあったのか、素直に、
「中学時代、気になってたんだよ」と言うと、
「なに言ってんの、こぐまくんは、◯◯ちゃんとつきあっていたんじゃない」
と『卒業』を観に行った女の子の名を言われた。

 女の子って、そんなことをいつまでも覚えているもんなんだな。
 あ、そのとき、この子ももうすぐおばあちゃんになるのだと言っていた。7年前の話だから、そのお孫さんも、今は小学生か。

 なんだか、昔話になってしまった。こんな日は、アート・ガーファンクルの最初のソロ・アルバム『天使の歌声』でも聴きながら、若き日の想い出に思いをはせることにしよう。[次回7/30(水)更新予定]


■公演情報はこちら
http://www.udo.co.jp/Artists/ArtGarfunkel/index.html


(更新 2014.7.23 )


バックナンバー   コラム一覧   ミュージック・ストリート トップへ

このエントリーをはてなブックマークに追加

プロフィール

小熊一実(こぐま・かずみ)

 1956年生まれ。プロデューサー。このサイトの前身「JAZZ STREET」に引き続き、「Music Street」の企画編集を担当。ジャズ、ロックはもちろん、クラシック、歌謡曲からアヴァンギャルドまで、聴きまくっている音楽狂。音楽以外にも、落語会やロボット・イベント、映画も製作している。ここでは、ジャンルを超えて、趣味に走ったライヴ情報をお届けしたい。補足情報をfacebookに掲載します、見て下さい。https://www.facebook.com/kazumi.koguma

あわせて読みたい あわせて読みたい