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第26回 ポール・マッカートニーがやってくる!

文・小熊一実

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 2002年以来11年ぶり、4回目の来日が決定した。

 これまで、1990年、1993年、2002年に来日している。もちろん、その前にも、ウィングスでの来日の計画や事件があったわけだが、今回は、それには触れない。興味のある方は、ネットで調べてほしい。

 わたしは、93年のライヴに行ったが、90年、2002年のライヴには、行っていない。
 もちろん、みなさん、ご存じだろうが、1966年にビートルズとして初来日し、武道館で演奏している。このライヴは、テレビでも放映され、50%以上の視聴率を上げたという。そして、小学生だったわたしも、家族と一緒に、茶の間で観ている。カラー放送だったようだが、わたしの家は、まだ、白黒テレビだった。

 わたしは、中学3年生の時に、《レット・イット・ビー》を聴いて以来、同時代のアーティストとして、ビートルズのメンバーの音楽を聴いてきた。
 そこそこのマニアだと思うが、中途半端なマニアであることも事実だ。熱烈なファンに失礼なので、一応、お断りしておく。

 ビートルズが解散したとき、ポール・マッカートニーは、まだ20代後半だった。その彼も71歳、ずいぶん時間がたったものだ。

 ビートルズのアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の中に《ホエン・アイム・シックスティ・フォー》という曲がある。
 作詞作曲は、レノン&マッカートニーと共作の形をとっているが、ポールの曲である。

 「ぼくが64歳になって、頭がはげても、必要としてくれるかな?ごはんを作ってくれるかな?」といった内容の曲だ。
 森高千里に《私がオバさんになっても》という曲があったが、あれのおじさんヴァージョンといったところだろうか。

 この曲は、アニメ映画『イエロー・サブマリン』の中でも使われていて、メンバーの髭がどんどん伸びていったり、赤ん坊になったりしていたのが印象的だった。
 この曲を聴きながら、10代のわたしは、自分が64歳になった時のことを考えたものだ。
 期待と不安が渦巻いて、思春期だったんだな。

 そして、ビートルズやポールは、64歳になった時に、大きなイベントをやるんだろうな、どんなコンサートなのだろうか、と想像したものだ。そのコンサートには、自分も行けるのだろうかと。
 実際には、特に、大きなイベントもなかった。この原稿を書くために調べていてわかったのだが、二人目の妻のヘザー・ミルズとの離婚問題のさなかで、それどころではなかったようだ。
 世界的なトップ・ミュージシャンでも、プライベートな悩みはあるんだね。

 ところで、気になるのは、コンサートでどんな曲をやるのかだが、7月にシアトルでの演奏曲目をみると、ビートルズ時代の曲とウィングス時代の曲を、これでもか、というくらい演奏している。それらに比べるとソロの曲は、少ない。

 それと、意外だったのは、《ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト》と《サムシング》を演奏していることだろうか。これは、ジョン・レノンやジョージ・ハリスンへの思いの表れかもしれないと、想像する。

 チケットの販売は、先行販売等は行われているが、まだ、手に入れるチャンスはありそうだ。まだ、ポールのライヴを観ていない方、観たほうがよいのでは。

 孫子の代まで、自慢できますよ。[次回9/4(水)更新予定]


■公演情報は、こちら
http://outthere-japantour.com/


(更新 2013.8.28 )


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プロフィール

小熊一実(こぐま・かずみ)

 1956年生まれ。プロデューサー。このサイトの前身「JAZZ STREET」に引き続き、「Music Street」の企画編集を担当。ジャズ、ロックはもちろん、クラシック、歌謡曲からアヴァンギャルドまで、聴きまくっている音楽狂。音楽以外にも、落語会やロボット・イベント、映画も製作している。ここでは、ジャンルを超えて、趣味に走ったライヴ情報をお届けしたい。補足情報をfacebookに掲載します、見て下さい。https://www.facebook.com/kazumi.koguma

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