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第50回 クリームの2枚目のアルバム『カラフル・クリーム』ができるまで

文・中山啓子

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『クリーム:ザ・レジェンダリー・シックスティーズ・スーパーグループ』
クリス・ウェルチ著

●第5章 シッティング・オン・トップ・オブ・ザ・ワールドより

 1967年4月2日、クリームはマレー・ザ・Kのショー『ミュージック・イン・ザ・フィフス・ディメンション』の出演を終えて、セカンド・アルバムをレコーディングしようとしていた。 彼らはイギリスのバンドとして、いち早くアルバムを全曲アメリカのスタジオで収録することになる。

『ディズレーリ・ギアーズ(カラフル・クリーム)』のセッションは、4月初旬と5月中旬にニューヨークのアトランティック・スタジオで行われた。

 ジンジャー・ベイカーによれば、クリームはそのレコーディングで初めて、プロデュースを行うフェリックス・パパラルディに会ったと言う。

「彼は初日にスタジオに現れた。俺たちはアルバムのモチーフのようなものを何も用意していなかった。たしか、《ロウディ・ママ》を演奏し、フェリックスがそれを持ち帰って歌詞を書き足し、《ストレンジ・ブルー》になった。

 ジャック(・ブルース)は《ストレンジ・ブルー》を嫌がった。ベースで一音ミスったんだ。だが俺は、問題ない気がした。ある程度うまくいったと思う」

 アトランティック・レコードのオーナー、アーメット・アーティガンは、ロバート・スティグウッド(マネージャー)が興したリアクション・レーベルのアメリカでの配給を取引する中で、クリームに関わりはじめた。

 アーティガンは、バンドを自社の8トラックのレコーディング・スタジオに迎える決断をする。クリームは、名高いアトランティックのスタッフ・エンジニア、トム・ダウドと仕事を共にすることになった。

 ダウドは4月2日の午後に緊急の電話を受け、このイギリスのバンドがヴィザの期限切れにより帰国を強いられる前にスタジオに駆けつけ、彼らの良さを最大限に引き出すよう指示された。

 彼が翌朝スタジオに着くと、ロード・クルーが大きなスタック・アンプやツーバスのドラム・セットを運び込むところだった。ダウドは「いったい何事だ?」と思った。彼はその時点でクリームがスリー・ピース・バンドであり、二人のメンバーがリード・ヴォーカルを取れること以外何も知らなかった。
 
 レコーディング・セッションは実際、急遽セッティングされたものだった。
 ベン・パーマー(ロード・マネージャー)が、経緯を語る。 
「マレー・ザ・Kのショーの後、ロバート(・スティグウッド)が私に電話をかけてきて『彼らはどう思ってるんだ?』と尋ねた。彼らにまったく合わないものに出演させたことを彼は気にしていた。それは本当にミスマッチだった。

 彼らのアメリカでのステージが、考えられないような最悪の形になった。
『まあ、彼らはかなりむかついているよ、ロバート』と私は答えた。
だから彼は、アトランティックでレコーディングする手はずを整えたんだよ。ロバートはこう言った。『私が話をつけて、トム・ダウドと一緒にスタジオに入ることになったと彼らに伝えてくれ。アーメット・アーティガンはものすごく乗り気だ。彼らはそれで元気づくはずだ』と。彼らはもちろん、気を取り直した。

 エリック・クラプトンは、オーティス・レディングやアレサ・フランクリンといった優れたアーティストのセッションに常時携わる、トム・ダウドのような経験豊かなエンジニアやテクニシャンと共に、レコーディングに取り組むことを大いに喜んだ。

 とはいえクリームは、アルバムに収録する楽曲を何も用意していなかった。その差し迫った問題は、バンドが3月にロンドンのスポット・スタジオでまとめていたデモ・テープによって一応解決する。

 デモ・テープには、《ウィアー・ゴーイング・ロング(間違いそうだ)》、《スーラバー》、《ザ・ウィアード・オブ・ハーミストン(ハーミストンの運命)》、《ザ・クリアアウト》、《テイク・イット・バック》、《ブルー・コンディション》というような新曲が、少なからず含まれていた。

 ちなみにこのテープには、半ば語りかけるようなブルースのヴォーカル、凄まじい勢いのベイカーのドラミング、ひときわ異彩を放つクラプトンのギター・ワークをフィーチャーする、《ヘイ・ナウ・プリンセス》の独創的な演奏も収められていた(1997年リリースのクリームのCDボックス・セット、『ゾーズ・ワー・ザ・デイズ』に収録)。

 バンドはその中の4曲、《ウィアー・ゴーイング・ロング》、《スーラバー》、《テイク・イット・バック》、《ブルー・コンディション》を完成させて、アルバムに収録したが、サウンドは、デモ・ヴァージョンとまったく異なるものになった。

 また、ジャック・ブルースが作曲した斬新な曲はいくつか、ふるい落とされた。その1曲、《ザ・ウィアード・オブ・ハーミストン》のセッションはうまくいかなかった。《ザ・クリアアウト》に関しては、クラプトンとベイカーがアトランティック・セッションの間に、市内のバーで歌い楽しんだコックニー訛りのミュージック・ホール・ソング、《マザーズ・ラメント》を優先された。

Cream: The Legendary Sixties Supergroup
By Chris Welch

訳:中山啓子


(更新 2017.8.14 )


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