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第36回 「シン・ゴジラ」を観て思ったこと

文・後藤雅洋

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 音楽関係者も含め、ネット界隈で「シン・ゴジラ」の評判がえらく高いので見てきました。たいへん面白い傑作だと思いました。そしてこの映画を見た後、単に良く出来た娯楽作品を楽しんだという以上の感慨を持ったのです。映画評論家ではないのでうまくことばにすることは出来ませんが、私はこの映画に今までにない「新しさ」を感じたのです。
 もちろんそれだけだったら、この「ジャズ・コラム」に採り上げることはないのですが、その「新しさ」って、もしかすると最近のジャズの「新しさ」に通じるような気がしたのですね。というわけで、ロクに映画館通いもしていない「にわか映画評論家気取り」のたわごとですが、しばしお耳を傾けていただければ幸いです。

 まず私が感じた「シン・ゴジラ」の新しさから説明すると、こうした怪獣映画、パニックもので定番的に描かれる、ヒーローあるいはヒロインとなる男女の絡みや人間模様が、きれいサッパリとカットされているところでした。この登場人物の内面より具体的行動を描こうという姿勢は、実にクール。

 次いで、怪獣の出現という壮大なフィクションに対抗する、政府機関、研究者、自衛隊といったおなじみの登場人物たちの行動が、極めてリアルに描かれている。まさにリアルとフィクションの対立ですね。そして彼らは当初こそ変貌を続ける怪獣に翻弄されつつも、具体的な方策を一つ一つ積み上げ、事態に対処している。これまたクール。この二つの「クール」が私が感じた「新しさ」で、付け加えれば、こうした趣向を私だけでなく、多くの観客も良しとし大ヒットに繋がったことが三つ目のクールであり、時代の空気の変化を象徴しているように思えたのです。

 それでは、こうした私が感じた「新しさ」と現代ジャズの傾向がどう結び付くのかという話に進みましょう。たとえば、一時代前のジャズ・ヒーロー、ジョン・コルトレーンの聴き所は、やはり彼ならではの情熱に満ちたソロですよね。まさにホットかつ極めて人間的。そして彼以外のジャズマンたちにしても、それぞれの個性的なソロが彼らの魅力を形作っていました。

 他方、現代ジャズ・ミュージシャンは熱気に満ちた演奏こそしますが、そこからダイレクトに演奏者の「人間性」や「人柄」みたいなものが吹き出てくるということはあまり無くて、高度に洗練された「音楽性」あるいは「サウンド」を回路として聴衆とコミュニケーションを結ぶというタイプが多数派になりつつあるようです。この「クールさ」が、私には「シン・ゴジラ」の「人間模様カット」でストーリー自体に語らせる、良い意味での即物的手法に通じるように思えたのです。

 次いで、たとえば、最近見て感心した「ゴー・ゴー・ペンギン」や「スナーキー・パピー」のライヴでは、各メンバーの技術水準が極めて高いだけでなく、彼らがチームを組むことで、ソロ・プレイだけでは表現し得ない途轍もないグルーヴ感が醸し出されているのですね。彼らの演奏は、個人のソロとチーム・プレイのバランスが巧みにバランスしている。まさにジャズの醍醐味でした。この、それぞれの分野における高度な専門技術に裏付けられた「チーム・ワーク」って、まさにシン・ゴジラ対策チームじゃないですか。

 というわけで、「シン・ゴジラ」は、私にとって良く出来た娯楽作品というに留まらず、観客の反応も含め、何かが変わりつつある時代の空気を見事に反映しているように思えたのです。そして、この「時代の空気」は当然ジャズ・シーンをも取り込んでいて、そのクールな新しさが、ここ数年のジャズの活況に繋がっているように思えたのでした。 [次回10/3(月)更新予定]


(更新 2016.9. 5 )


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プロフィール

後藤 雅洋(ごとう・まさひろ)

ジャズ喫茶店主、ジャズ評論家、ジャズサイトcom-post同人http://com-post.jp/。自ら経営する「いーぐる」でジャズを中心に幅広い音楽ジャンルの連続講演をそれぞれの専門家の方々にお願いし開催、現在495回を迎える。近著『一生モノのジャズ名盤500』(小学館101新書)『ジャズ耳の鍛え方』(NTT出版)『ジャズ・レーベル完全入門・増補版』(河出書房新社)。ブログ「いーぐる後藤の新ジャズ日記」http://d.hatena.ne.jp/eaglegoto/

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