第50回 『リテイル・セラピー』T.D.F. |AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

第50回 『リテイル・セラピー』T.D.F.

文・大友博

プロフィール   バックナンバー   ミュージック・ストリート トップへ

このエントリーをはてなブックマークに追加

 1997年5月にリリースされたアルバム『リテイル・セラピー』のアーティスト名義はT.D.F.(Totally Dysfunctional Familyの略だそうで、完全崩壊家庭といったところだろうか)。スプレー・ペイントで描く、あの独特の感触のストリート・グラフィティのようなジャケットのどこにも、正式な形ではエリック・クラプトンの名前はクレジットされていない(x-sampleと名乗るアーティストが、彼ということらしい)。また、そこに写真が紹介されている3人の男たちは、いわゆるストリート・ファッションに身を包み、フルフェイスのヘルメットで顔を隠している。文字どおりの覆面プロジェクトであり、まったく関心を払わなかったという方も多いと思うが、これは、クラプトンの音楽を語るうえでかなり重要な意味を持つアルバムだと思う。

 少し話を戻すと、『アンプラグド』の予期せぬ成功をへて、初のフル・ブルース・アルバム『フロム・ザ・クレイドル』に取り組みはじめたころ、彼はジョルジオ・アルマーニの紹介でイタリア人女性と知りあっている。その後、若いころのソフィア・ローレンを彷彿させる美貌だったという彼女に翻弄されつづける日々が3年近くつづき、下世話な表現をするなら、身も心もぼろぼろになったらしい。さらには、クラプトンがアンティグァ島に更生施設を開設する計画を軌道に乗せたことなどが原因で、長くクラプトンを支えてきたマネージャー、ロジャー・フォレスターとの関係も急速に悪化していく。

 だが、悪いことばかりではなかった。若い恋人の影響もあってストリート・カルチャーに強い関心を持つようになった彼は、ファッションやデザインだけでなく、音楽の分野でも、新たな冒険を試みるようになったのだ。もちろん、あくまでもクラプトンらしいやり方で。その挑戦は、それ自体がセラピーでもあった。

 ここで重要なクリエイティヴ・パートナーとして浮上してくるのが、80年代後半にポップ・デュオ、クライミー・フィシャーで人気を集めたあと、ジョージ・マイケルらのレコーディングに貢献してきたサイモン・クライミー。フェアライトやプロトゥールスといった最先端の機器を使いこなす彼のホーム・スタジオで、ドラムスにポール・ウォーラーだけを迎えて完成させたのが『リテイル・セラピー』だった。

 当初は、「アルマーニのショウでかけてもらえれば」という程度の考えだったらしいが(実際に使われた)、正式なアルバムとしてもリリースされた『リテイル・セラピー』に収められた音は、ヒップホップ/ドラムンベースのクラプトン的解釈と呼んでいいだろう。その方向性は徹底しているが、ギターはまぎれもなく彼のもの。《アンジェリカ》、《ホワット・エルス》などでは、美しく叙情的なアコースティック・ギター・ソロも聞かせている。

 ある種のセラピーとしてスタートした実験的セッションに、クラプトンは大きな手応えを感じた。これまでにもしばしばあったことだが、転んでもただでは起きない人なのだ。そしてそれが、『ジャーニーマン』以来のオリジナル作品ということになる『ピルグリム』で実を結ぶことになる。[次回5/20(水)更新予定]


(更新 2015.5.13 )


バックナンバー   コラム一覧   ミュージック・ストリート トップへ

このエントリーをはてなブックマークに追加

プロフィール

大友 博(おおとも・ひろし)

 1953年東京都生まれ。早大卒。音楽ライター。会社員、雑誌編集者をへて84年からフリー。米英のロック、ブルース音楽を中心に執筆。並行して洋楽関連番組の構成も担当。ニール・ヤングには『グリーンデイル』映画版完成後、LAでインタビューしている。著書に、『エリック・クラプトン』(光文社新書)、『この50枚から始めるロック入門』(西田浩ほかとの共編著、中公新書ラクレ)など。

あわせて読みたい あわせて読みたい