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アート・ペッパー『モダン・アート』

文・原田和典

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 アート・ペッパーが世を去ったのは1982年6月のことでした。4ヶ月前にはセロニアス・モンクが亡くなっています。しかしモンクは70年代初頭から実質的には引退同然でしたので、私などは「歴史上の人物が逝った」という印象を持ったものです。しかしペッパーの死は別でした。前の年の秋には来日もしていたし、倒れる1週間ほど前までライヴをしていったのです。「現役バリバリの奏者が亡くなった」という感が、とにかく強かったことを覚えています。

 晩年の彼はライヴの鬼であると同時にレコーディングの鬼でした。82年下半期から83年の終わりぐらいまで、レコード店のジャズ・コーナーはペッパー晩年の未発表録音を収録した追悼盤と称するお蔵出しで賑わいました。同じ頃、驚異の新人としてもてはやされていたのがウィントン・マルサリス、いっぽうでは阿川泰子を筆頭とする美人女性ヴォーカル・ブームもありました。その是非を今、問うたところで遅すぎますが、今の妙にこぢんまりとした日本のジャズ産業よりも、当時の清濁併せ持つカオス状態のそれのほうが遥かにエキサイティングだったのは確かです。なんせサラ・ヴォーンの新作とマンハッタン・トランスファーの新作と秋本奈緒美の新作が同じ「ジャズ・ヴォーカル」として括られていたのですから。

 で、当時あれこれと発売されて、少なくとも雑誌では例外なく評論家に褒められていた晩期アート・ペッパーの作品が、今、どれだけCD化されて日本市場に並んでいるかというと・・・実はあまり並んでないのです。晩期ペッパーがギャラクシー、アーティスツ・ハウス、パロ・アルト・ジャズ、アトラス等、短命なレーベルに吹き込むことが多かったため再発が遅れているというのも、その理由の何パーセントかにはなるのでしょうが、フリーキーにガーガーピーピー絶叫する“新生”ペッパーのプレイが決して「歳月の審判に耐えうる」ものではなかったからかもとも、私は考えます。

 今、CD店にいくと、彼のコーナーはほぼ、50年代に吹き込んだ作品で埋め尽くされています。それらに耳を傾ければ例外なく、メロディアスで憂いのある、歌心いっぱいの流麗なアルト・サックスを味わえるはずです。


(更新 2013/2/21 )


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プロフィール

原田和典

 元「ジャズ批評」誌編集長。著書に『世界最高のジャズ』『コルトレーンを聴け!』『元祖コテコテ・デラックス』等。

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