
コロナ禍や炎上社会を予見する? 衝撃的な世界を描くホラー漫画家・伊藤潤二が漫画界のアカデミー賞2部門受賞
2019年にアイズナー賞を受賞した『フランケンシュタイン』の本とフィギュア。おぞましくも美しい伊藤ワールドの人気は世界レベルだ(撮影/写真部・辻菜々子)
伊藤潤二(いとう・じゅんじ)/1963年、岐阜県生まれ。87年、『富江』でデビュー。2021年に『幻怪地帯』。19年、21年にアイズナー賞受賞(撮影/写真部・東川哲也)
アイズナー賞の「最優秀アジア作品賞」を受賞した『地獄星レミナ』から。この緻密な絵にファンが多い(JIGOKUSEI REMINA (c) 2005 JI Inc./SHOGAKUKAN
漫画界のアカデミー賞「アイズナー賞」を、ホラー漫画家・伊藤潤二さんが2部門で受賞した。緻密な絵や衝撃的な世界観で人々を魅了する伊藤作品だが、そこには世界をとりまく今の状況との不思議な符号もみえてくる。AERA 2021年8月9日号で取り上げた。
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アイズナー賞は1988年に始まったアメリカの権威ある漫画賞。前年にアメリカで刊行されたコミック作品を対象とし「漫画界のアカデミー賞」とも呼ばれる。
伊藤潤二さん(58)は2019年にメアリー・シェリー原作の『フランケンシュタイン』で「最優秀コミカライズ作品賞」を受賞している。今回はオリジナル作品である『地獄星レミナ』で「最優秀アジア作品賞」を、さらに同作と主に2000年代に発表した短編を集めた『伊藤潤二短編集 BEST OF BEST』で「Best Writer/Artist部門」を受賞した。
「『フランケンシュタイン』での受賞も夢のようだったのですけど、今回は2作品が受賞したということで、まだちょっと信じられないような気持ちでおります。私にとっても思い入れのある作品での受賞で、関係者のみなさまに感謝の気持ちでいっぱいです」
と伊藤さんは話す。
■いまの世に奇妙な符合
北米を中心に年間約350の日本漫画の翻訳・出版を手がけるVIZメディアでは、07年から伊藤潤二作品を刊行している。同社の門脇ひろみさん(48)は話す。
「各部門に優劣はないと思いますが、『最優秀アジア作品賞』はアジアの作品のみが対象。『Best Writer/Artist部門』はすべてのコミックスからノミネートされるので、より多くの作品を相手に獲得した賞だと思います」
『地獄星レミナ』は、16光年の彼方から地球に接近する謎の星レミナと、星を発見した博士の娘・麗美奈の運命を描く作品だ。伊藤さんは「描き終えたときかなりの達成感がありました」と話す。
「特に終盤、地球が急速に回転し始めて、人間の群れが空を飛んでいく描写が自分でもすごく気に入っています。荒唐無稽ですが、おもしろいシーンが描けたかな。ただ未来都市の描き方は全く納得できなくて。空飛ぶ自動車などちょっとレトロな昔のSF小説のような、子どものころに見た小松崎茂さんの絵のようなイメージを目指したのですが、到達できていないですね」
美少女の麗美奈は一躍注目されアイドルとして祭り上げられるが、やがて星が地球に厄災をもたらし始めると、人々はパニックに陥り、一転して麗美奈を攻撃し始める。作品が描かれたのは04年。中世の魔女狩りさながらに十字架にはりつけられる麗美奈と暴徒と化す人々の様子は、どこかいまの世を暗示している感もある。
「昔からある“パニックもの”を踏襲した話でもあるので、特に未来を予見したとは感じていません。ただ、いまの世の中、ネットで一人の人間を大勢で叩く“炎上”を見ていると、奇妙な符合も感じます」(伊藤さん)
■20を超える国で翻訳
もうひとつの受賞作『伊藤潤二短編集 BEST OF BEST』は主に2000年代に発表された読み切りを網羅した短編集だ。こちらにもいまの世との奇妙な符合が感じられる作品がある。
例えば『億万ぼっち』。合コンや同窓会に集まった若者たちが、互いを糸で縫い合わされた異常な集団死体となって発見される。やがて「人の集まる場所が危険だ」となり、人々が個室に引きこもるようになる──まさにコロナ禍のようではないか。
「起こってほしくない状況で恐怖を描くSFやホラー漫画には、ときにそういう側面があるかもしれません。楳図かずお先生の『漂流教室』や『14歳』も未来を予見した名作ですし、大友克洋先生の『AKIRA』もまさに東京2020オリンピックについての描写が現代にリンクしていると話題になりましたよね」
(フリーランス記者 中村千晶)
※AERA 2021年8月9日号より抜粋