
AI俳優に仕事を奪われる 全米脚本家組合と全米映画俳優組合の共同ストに1千人以上参加
8月9日、「ニューヨークは組合の街だ!」とのコールに、付近を走るトラックやタクシーの運転手らがクラクションを鳴らし、支援を送った(撮影/津山恵子)
米国の俳優組合と脚本家組合は、63年ぶりに共同ストに突入。映画・ドラマの製作者側は、人工知能(AI)による「AI俳優」などを活用しており、死活問題に浮上している。AERA2023年8月28日号より。
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「出てもいないCMに、あなたが映っている、と友人が連絡をくれた」
と、俳優のジージー・カサノバさんは、呆然とした表情を浮かべる。ニューヨーク市内のネットフリックス社屋前で連日続くピケの現場で話を聞いた際だ。
「私の顔はちょっと調整してあって、服も着せ替えているけど、間違いなく私だった。でも撮影した記憶がない」
「さらに怖いのは、誰が私をスキャンして、そのCMに入れたのかも分からない。でも私に報酬があるべきでしょう」
63年ぶり共同スト
全米脚本家組合(WGA、組合員1万1500人)は今年5月から、全米映画俳優組合(SAG-AFTRA、16万人)は7月からストライキを始めた。両組合が同時にスト入りするのは、1960年以来だ。両組合の要求の焦点は、賃上げのほかに、生成AIなどを使った映画・テレビ番組製作に対する権利の保護と報酬だ。
WGAのストは8月9日、100日目になり、ネットフリックス社前を1千人以上の脚本家と俳優らが歩いた。「企業の拝金主義は許せない」「AIが書いたジョークは笑えない」などとシュプレヒコールをあげた。
特に、俳優のほとんどを占めるエキストラやスタントは、AIの打撃をすでに受け始めている。通行人やレストラン客、群衆のほか、主演俳優に代わって危険な演技をするスタントが次々にコンピューター・グラフィックス(CG)やAIで作成され始めているためだ。エキストラ歴が長いジョゼフ・アダムさんはこう証言する。
「僕の場合は2年前、ネットフリックスなどに知らないうちにスキャンされていたのが最近になって分かった。病欠の際に使うと言われたけど、実際には同意なしにAIの僕が使われていて、つまり、僕たちはもうAIに取って代わられてしまっている」
「AIは平凡でつまらない。私が持つこのエネルギーなんかない。上手く使えるはずがない」とカサノバさん。8月8日のピケで(撮影/津山恵子)
幼児2人と妻を連れて連日ピケに来るアダムさんは、俳優以外の仕事を探している。
同じくエキストラのサマンサ・エヴェレットさんは、SAG組合員の7割以上はエキストラという。
「例えばカフェのシーンで主演俳優の周りで、声を出さずに会話をしているかのように演技するなど、エキストラはスターらが演技しやすい環境を作っている。エキストラが演技していない人工的に作られた背景は、素人が見ても『おかしい』と感じるはず」
と、エキストラの重要性を強調する。現在は、ハリウッドなどで撮影する三つの映画製作が延期になったままだという。
人間性守る闘い
ハリウッドのベテラン女優サマンサ・マティスさんは、製作会社側の全米映画テレビ製作者協会(AMPTP)と交渉する委員会の一員だ。交渉は7月12日から決裂した状態だという。AMPTPは、AI俳優を使用する場合、日当の半分を支払う提案をしており、再使用料についてはふれていない。しかし、組合側は「AI俳優」使用の際、(1)俳優の同意を得る(2)作品契約ごとではなく、使用回数で「再使用料」を支払う、ことを要求しているという。再使用料の金額は、この2点で合意した上で検討する。
「AI利用は、モラルの問題であり、人間性を守る闘い。人類が簡単にAIに置き換えられてもいいのか、という点で製作者側に何の思慮もない。恐ろしい世界だ」と厳しい表情だ。
交渉の見通しは、全く不透明だ。AMPTPに属さない独立系映画や海外で撮影される映画に出るため、オーディションに通う俳優も多い。前出のカサノバさんは、友人らとビデオ製作に取り掛かっている。
両組合のストで、テレビの新番組製作は2シーズン、期間にしてほぼ2年にわたって行われない見通しだ。テレビ局の経営への打撃も大きい。
また、カメラマンや技術陣、ヘア・メイクアップアーティスト、スタジオ周辺のレストランなどのビジネスまでがストの犠牲になっている。AIが奪っているものは計り知れない。(ジャーナリスト・津山恵子(ニューヨーク))
※AERA 2023年8月28日号