松岡かすみ
子育て世帯は東京・文京区の「住所」がほしい? 公立名門小「3S1K」狙いで家を買う
写真はイメージです(Getty Images)
首都圏の新築マンションの価格は上昇し、中古でもいい物件はめったに売りに出ない、出てもあっという間に買い手がつくーー。東京で家を買うのは、なんとも大変な時代になったが、共働き夫婦の購入意欲は高いという。特に子育て層に特に人気なのが文京区だ。一方で東京特有の学区意識に辟易している夫婦もいる。リアルな事例や最近の不動産事情を探った連載「それでも夫婦は東京に家を買う」。最終回は、「わが家」の価値について考えたい。
>>【前編:東京23区「家を買うなら港区」40代夫婦のブランド志向 狭小住宅も悪くない選択? 】より続く
* * *「文京区のアドレスが持てるのであれば、所有権でも借地権でも良い、というぐらいに場所にこだわる方も実際にいます。都内で家を買うときに、“住所を買う”という視点で、エリアにこだわって選ばれる方は結構多い」
首都圏を中心とした住宅購入における相談実績が多いファイナンシャルプランナーの飯田敏さん(FPフローリスト)はこう話す。
東京大学、お茶の水女子大学、日本女子大学、東京医科歯科大学……文京区には、国立、私立を問わず19の大学・短期大学が存在。名前の通り、教育・文化関係の施設が集まり、雰囲気もいい。
もちろん、イメージだけではない。
令和2年度公立学校統計調査報告書(東京都教育委員会)によれば、文京区の教育レベルの高さは23区中トップで、国立・私立中学校への進学率がもっとも高いことが示されている。中でも名門校として知られているのが、誠之小学校、千駄木小学校、昭和小学校、窪町小学校の4校。この4校のイニシャルをまとめて通称「3S1K」とも呼ばれており、この「3S1K」に入学するために転居する“公立小移民”の子育て世帯も数多く見られるという。
さらに、お茶の水女子大学附属、筑波大学附属、東京学芸大学附属竹早という、国立大学の附属小学校、中学校、高校が3校もひしめき合う茗荷谷周辺も、子育て世代に人気の高いエリアだ。
文京区では中学校の「学校選択制度」を導入しており、文京区に在住していれば校区外の中学校でも希望することができるのも、子育て世帯にとって高い魅力だ。例えば都内名門中学校の“御三家”の一つとして知られ、東大キャンパスの目の前に位置する文京区立第六中学校。都立日比谷高校をはじめとした難関高校の多くの合格者が輩出していることでも知られる名門中学だ。
この第六中の学区は「3S1K」の一つ、誠之小学校だ。しかし、学校選択制度導入後は区内の数多くの小学校から入学希望者が殺到し、定員(受け入れ可能人数)約100人に対し希望者は毎年約300人前後と、およそ3倍の倍率で推移するのが通例となっている。誠之小学校→第六中学校→日比谷高校→東京大学といった“ゴールデンルート”にわが子を乗せたい、と考える親が多いことの表れだろう。不動産コンサルタントの後藤一仁さんは言う。
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「文京区には名門と言われる学校が多いことから、必然的に集まる層の教育意識も高く、受験などの情報交換も盛ん。また小石川植物園、教育の森公園、播磨坂さくら並木、六義園など、都内の中でも緑が多いエリアとしても知られる。落ち着いた環境の中で、高い教育を受けさせられる文京区の資産価値は、今後も高い水準を保てる可能性が高い」
都内屈指の文教エリアである文京区、それも人気学区ともなれば、賃貸マンションも含めて物件は争奪戦だ。競争率が高いこともあり、賃貸マンションであっても値段は決して安くはない。
昨年、「3S1K」の学区エリアの賃貸マンションに家族3人で引っ越したというAさんが決めた物件は、45平米、2LDKで家賃24万円。予算20万円内で半年ほど探していたが、条件に合う賃貸物件でヒットするのは家賃35万円超の物件ばかりだった。24万円でも予算オーバーではあるが、不動産屋からも「同エリアならば手頃な方だ」「決めるなら早く申し込まないと、すぐに決まってしまう」と後押しされ、内見もせずに即契約したという。
わが子を名門校に通わせるのも一筋縄ではいかず、多額の費用がついて回る。
こうした教育熱心な層が多いエリアから「むしろ距離を置きたい」と、あえて下町と呼ばれるエリアに引っ越した例もある。
三重県出身のBさん(36)。同郷の夫と5歳の子どもとの3人暮らしで、世田谷区の賃貸マンションで10年ほど暮らしていたが、2年前に足立区のマンションを購入。Bさんの少し前に友人が足立区の同エリアに引っ越したことも後押しになった。世田谷に住む周囲のママ友からは、「なぜ世田谷区から足立区に引っ越すのか」と驚かれたという。
地方都市で、当たり前のように公立小・中・高へと進学し、大学入学を機に上京したBさんは、「東京ならではの学区意識や私立信仰のような会話や雰囲気には、どうしても馴染めない」と首を振る。
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「世田谷に住んでいた頃、ママ友の間で小学校受験のための塾選びの会話が始まったとき、『ああ、私はこの場所では子どもを育てたくない』とはっきり思いました。私や夫が育ってきたような、もっとのびのびとした環境で子育てがしたい。それで選んだ環境が今の場所でした」
古くから続く商店街に、昔ながらの個人商店や居酒屋が軒を連ねる景色。そんな中に再開発で新たな商業施設やマンションが建ち、新旧入り混じった独特の活気がある。Bさんの暮らすマンションは、最寄駅から徒歩7分。都心の職場がある駅までの乗車時間は片道15分だ。家のすぐ近くにスーパーや商店街があり、世田谷に比べて物価も安く、近所付き合いも残っている。Bさんは「自分たちにはこちらの方が合っていると思う」と微笑む。
「長い目で住むことを考えると、いわゆるブランドエリアを始めとした“見栄っ張りな街”より、“本音で暮らせる町”を選ぶことに共感できる人も多いのでは」
まちづくりの専門家で、『23区格差』などの著書で知られる池田利道さん(東京23区研究所所長)は、こう話す。足立区を含む東京東部の下町エリアは、世田谷区を含む東京西部の山の手エリアと比べると、近所付き合いもはるかに活発だという。
「以前はイメージに難点があった荒川区以東の足立区、葛飾区、江戸川区ですが、大規模な再開発を通じて街のイメージは大きく変化し、子育て世代など若い層も移り住む地域に変化しています。西部に比べて物価も安く、都心へのアクセスも良いことから、東部の下町エリアは今後さらに発展していくのでは」
ブランドエリアと呼ばれる場所など、すでに一定の評価を得ているエリアを選ぶ方法もあるが、今後の町の発展を考えて選ぶというのも一つの手だ。新路線の開通で都心までのアクセスが良くなる場所や、新駅ができる場所、大学誘致に積極的に取り組んでいる場所など、発展の見通しにはいろんな要素がある。再開発によって町のイメージが一新する例があちこちで見られているように、大手デベロッパーが力を入れようとしている地域も飛躍的な発展の可能性がある。マンショントレンド評論家の日下部理絵さんは言う。
写真はイメージです(Getty Images)
「自分にとって快適である“居住価値”と、不動産としての“資産価値”は、必ずしもイコールじゃない。家を選ぶときに何にこだわりたいか、まずは3つに絞ってみる。その中で優先順位をつけた上で考えると良いでしょう」
「結局は同じ都内の話だろう」とタカをくくるなかれ。少しエリアが変わるだけで、いろんな要素が大きく変わってくるのが東京という大都市だ。「東京で家を買おう」——そう決めたなら、あなたは何を重視して選びますか?(松岡かすみ)
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2021/11/29 08:00