3連覇狙う羽生結弦に“最強ライバル”も! 北京冬季五輪の見どころは?
羽生結弦
雪と氷の祭典、北京冬季五輪が2月4日、いよいよ開幕する。日本選手124人は過去最大規模。全15競技109種目で、史上最多だった平昌大会の13個を上回るメダル獲得が期待される。コロナ禍の中、テレビを通じての観戦に役立つ各競技の注目選手と見どころを熱く紹介する。
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今大会、世界の注目を集めているのは、フィギュアスケートの羽生結弦(27)が男子で94年ぶりに五輪3連覇を飾るかだ。
右足首の負傷で出遅れた今季。昨年12月の全日本選手権にぶっつけで臨みながら、フリーでは誰も跳んだことがない4回転アクセルをプログラムに取り入れた。両足で着氷しダウングレードの判定になったものの、総合得点322.36点をたたき出し、非公認ながら今季の世界最高得点(当時)をマークする圧倒的な勝利を挙げた。
羽生は全日本選手権後の会見で「僕にとって平昌五輪までが夢の舞台でした」と話した。フィギュアスケート評論家の佐野稔氏は、その心境について「2連覇を達成してモチベーションが低下し、自分自身がどうやっていこうか決断がなかなかつかなかった時期もあったのではないか」と推測する。「4回転アクセルの成功」という新たな目標に取り組むことは、そうした精神面の課題を乗り越えることにもつながったようだ。東京五輪・パラリンピック組織委員会会長で日本スケート連盟会長を長く務めた橋本聖子氏は、「世界が注目する最高のスケーター。4回転アクセルを決めれば、3連覇も夢ではないでしょう」と期待を寄せる。
ただ、羽生の前には“最強のライバル”が立ちふさがる。前出の佐野氏は、シビアな見解を示す。
「世界選手権3連覇中のネイサン・チェン(米国・22)がいる限り、過去2大会と比べても一番難しい大会になる。勝つという難しさを理解しているのは羽生君自身。羽生君に勝ってほしいけど、現時点での総合力はチェンのほうが上だと思う」
チェンは5種類の4回転ジャンプと高い表現力を武器にする。1月の全米選手権で総合328.01点を獲得して6連覇を決めており、得点の比較でも羽生を上回る。
羽生が勝つには、「4回転アクセルを成功させ、何らかの動揺を誘うしかない。いかにアクセルを決めるかが勝負のカギとなる」(佐野氏)。フィギュアスケートを始め冬季五輪の取材歴が豊富なスポーツライターの折山淑美氏も同様の見解で、「一騎打ちだが、このところの結果を見るとチェンのほうがちょっとリードしている。羽生は4回転アクセルを完璧に演技して互角に戦える」と語る。
平昌大会ではけがによるブランクで約4カ月ぶりの演技ながら、完璧に滑り切って頂点に立つという“奇跡”を見せた羽生。ここぞという舞台での勝負強さは計り知れないものがある。どんなドラマを見せてくれるか、しかと見届けたい。
羽生だけでなく、平昌大会銀の宇野昌磨(24)や、初出場の鍵山優真(18)もメダルの有力候補。宇野は現在、トリノ五輪銀のステファン・ランビエル氏の指導を受けている。「4回転を5本決めれば、基礎点が高い宇野にチャンスがある」(折山氏)。鍵山も「かなりの逸材。ジャンプ一つひとつの完成度が高く、メダルに食い込む可能性は十分」(佐野氏)と予想する。
ダイナミックなジャンプが持ち味の坂本花織
一方、女子はカミラ・ワリエワ(15)らロシア勢の実力が図抜けており、表彰台を独占する可能性が高い。坂本花織(21)、樋口新葉(21)、河辺愛菜(17)の3人は「入賞クラス」(折山氏)との見方もあるが、勝負はやってみるまでわからない。日本勢の奮起に期待したい。
スピードスケートも男女共に複数のメダルが期待される種目。女子の最大の目玉は、日本選手団主将の高木美帆(27)が5種目でメダルを獲得できるかだ。前出の橋本氏は、高木をこう絶賛する。「私と似たオールラウンダーで、とてつもなくタフ。5種目出場は半端なく疲労するでしょうが、高木さんは全部強いから種目を絞りようがない。1000メートル、1500メートル、チームパシュートの三つは金を取れるでしょう。500メートル、3000メートルも有望です」
高木美帆
折山氏も、高木がイチ推しだと語る。
「誰よりも氷をつかみ取るのがうまい。メンタルが強く、自分がそのレースで何をすべきかわかっている。競技を心底楽しんでいるのも良い。3冠達成なら歴史的偉業です」
平昌大会500メートル金の小平奈緒(35)も健在。橋本氏は「本番までに本調子にもっていく才能が凄い。金の最有力候補」と、500メートル2連覇に太鼓判を押す。
小平奈緒
ただ、小平の今季のW杯ランキングは3位。1位は急成長を遂げたエリン・ジャクソン(29)だ。ジャクソンは米国のスピードスケート女子で黒人選手初の五輪代表。まだ競技歴5年だが、今季W杯でのベスト記録は小平36秒764、ジャクソンは36秒809とほぼ互角。ジャクソンはスタートダッシュを得意とし、後半の伸びは小平に分がある。女王か、米の新星か、千分の1秒を争うレースが注目を浴びそうだ。
男子も3大会ぶりのメダルが射程に入っている。特に500メートルは、2020年世界スプリント選手権を制した新濱立也(25)を筆頭に、村上右磨(29)、森重航(21)の初出場3人組が、いずれも世界記録33秒61に迫る33秒台の記録を持っている。今季W杯の8レースで3人が獲得したメダルは計8個。「実力伯仲で圧倒的な強さの選手がいない混戦」(橋本氏)という構図で、日本勢による表彰台独占という夢さえ膨らむ。
余談だが、1998年長野冬季五輪の前年、長野県の吉村午良知事(当時)がスピードスケートのことを「ミズスマシ」と発言し物議を醸したが、橋本氏は「表現としては大正解。いかに滑らかに滑っているかの表現ですから、速い人ほどミズスマシなんです」と笑顔で語った。
スキージャンプ男子のエース・小林陵侑(25)は、“レジェンド”と言われたソチ冬季五輪銀の葛西紀明氏(49)が才能にほれこんで自身のチームにスカウトした逸材。実はこの1月、すでに大変な偉業を成し遂げている。伝統のジャンプ週間で4戦中3勝し、日本人初となる2度目の総合制覇を果たしたのだ。
小林陵侑
ジャンプ週間は年末年始恒例の大会で、五輪や世界選手権と同等かそれ以上の権威がある大会といわれる。国際スキージャーナリストの岩瀬孝文氏がこう語る。
「小林君はヨーロッパではMLBの大谷翔平クラスのスーパースターです。金メダル濃厚ですが、北京のジャンプ台を飛んだことはない。とにかく緊張しないで飛んでほしい。微妙な踏み切りの角度や太陽の光、そしてどこから風が吹いてくるかがポイントになる」
ただ、心配なのはコンディションだ。ジャンプ週間後のW杯では小林が4戦連続で表彰台を逃し(その後、1月29日の第18戦で優勝、30日の第19戦は4位)、個人総合優勝争いもカール・ガイガー(ドイツ)にかわされ、2位に後退している。コロナ禍の影響で、昨年11月のW杯開幕から一度も帰国せずに欧州各地を転戦する日本勢にとって、本番までは心身共に踏ん張りどきだ。小林も報道陣に「疲れましたね」と漏らしたというが、師匠・葛西氏に金メダルをかけてあげるという目標のため、本番までには戻してくるはずだ。
女子は3度目の五輪イヤーを迎えた高梨沙羅(25)が悲願の金メダルへ再び挑む。自身のジャンプをすべて見直す覚悟で臨んだ4年間の成果を見せられるか。
3度目の五輪となる高梨沙羅は、悲願の金を目指す
「ほかが強くなりすぎ、ライバルが多い。中でもマリタ・クラマー(オーストリア)が金の最有力候補。ほかにもカタリナ・アルトハウス(ドイツ)など強豪ぞろいで、大混戦は確実。高梨にもチャンスはある」(岩瀬氏)
フリースタイル男子モーグルは文字どおり「一騎打ち」。平昌金でW杯通算71勝のミカエル・キングズベリー(カナダ)と、今季開幕から全試合で表彰台を確保し3勝をマークした堀島行真(24)が雌雄を決する。堀島について岩瀬氏は「スピードがあるので切れがあるセカンドジャンプができる」。折山氏は「金の可能性もあるし、表彰台は間違いない。滑りが上手でターンが安定している」と太鼓判を押す。
ノルディック複合個人ノーマルヒルの渡部暁斗(33)は、5大会連続で五輪に出場する日本の不動のエース。ソチ、平昌と2大会連続銀で「北京大会では金メダルを取りたい」と公言する。今季W杯ではここまで最高5位と振るわないが、岩瀬氏は「合わせ方をわかっている選手。W杯は不振だが、体力を温存し本番にピークを合わせているのでは。銀以上を狙える可能性がある。ジャンプでどれだけ稼げるかがカギ」という。
スノーボード男子ハーフパイプも有力なメダル候補が目白押しだ。ソチ、平昌と2大会連続銀の平野歩夢(23)が調子を上げてきた。昨年12月に米国コロラド州であったプロ大会で、世界初の大技「トリプルコーク1440」(縦3回転、横4回転)を着地。北京で頂点を狙う実力をはっきりと滑りで示した。昨季無敗で世界選手権を制した戸塚優斗(20)、20年ユース五輪金の平野流佳(19)の日本勢3強に立ちはだかるのは、五輪で金メダル三つを獲得しているスーパースター、ショーン・ホワイト(米国)だ。
「ホワイトは本番に強い。35歳で往年の爆発力、俊敏さは若干弱まったが、完成度の高い熟練の技で、ここ一番での盛り上げ方もうまい。彼に日本勢がどこまで肉薄できるかが焦点です」(岩瀬氏)
ロコ・ソラーレ(代表撮影)
最後に紹介するのはカーリング。平昌銅のロコ・ソラーレが2大会連続で出場する。平昌では和気あいあいとプレーする様子が大人気に。「そだねー」が流行語となり、休憩時間にお菓子を食べる「もぐもぐタイム」も注目された。初戦で平昌金・世界ランク1位のスウェーデンと当たるが、ここで勢いをつけられるかが上位進出のカギだ。
(週刊朝日2022年2月11日号より)
話を聞いた橋本氏以下4人の意見が一致したのは、今回の日本選手団は冬季五輪史上最多だった平昌の13個を上回るメダルを獲得する実力を持つ最強チームであること。北京との時差は1時間。夕方以降に決勝が行われる種目も多い。ビール片手に、あるいはカーリング娘のようにモグモグとお菓子を食べながら、テレビ観戦で日本勢を応援しよう。頑張れ、ニッポン!(本誌・村上新太郎)
(週刊朝日2022年2月11日号より)
※週刊朝日 2022年2月11日号
週刊朝日
2022/02/03 19:00