耳管開放症は、鼓膜の奥にある耳とのどとをつなぐ「耳管(じかん)」が開いたままになり、耳の聞こえに異常が起きる病気だ。潜在的な患者を入れると、患者数は100万人に上る。標準治療はまだ確立されていないが、重症例に対する手術が効果を上げてきている。

 東京都在住の垣田圭子さん(仮名・42歳)は、2012年8月、友人との会話中に突然耳が詰まる感じがして、自分の声が頭の中に響きだした。声を小さくして話してみたが治らない。次第に、自分の声の大きさもわからなくなり、呼吸音がゴーゴーと耳に響くことにも気がつき、近所の山口内科耳鼻咽喉科を受診した。診察した院長の山口展正医師は、症状から、耳管開放症の可能性が高いと診断した。

 耳管とは、大気圧と鼓膜の内側の空気圧とを等しくしたり、耳の中の分泌物をのどに出したりするときに開閉する器官だ。耳管は普段閉じていて、唾や食べ物をのみ込んだときにのみ開くが、耳管開放症になると開いたまま閉じなくなってしまう。それにより、自分の呼吸音が聞こえる、自分の声が響く(自声強聴)、耳が詰まった感じがする(耳閉塞感)、低音域(125~500ヘルツ)が聞き取りにくい、などの症状が現れる。

 山口医師は、垣田さんが耳管開放症であることを確定するため、耳管を閉じてみて症状の軽減を診る「治療的診断」を実施した。

 これは、内視鏡を用いて鼻の中を麻酔したあと、麻酔作用を持つキシロカインと潤滑剤であるグリセリンに浸した、先を曲げた綿棒を、鼻腔(びくう)から耳管咽頭口(じかんいんとうこう=耳管の側の出口)に到達させて、耳管を塞(ふさ)ぐ方法だ。症状が軽くなれば耳管開放症と確定できる。そのうえで山口医師は、綿棒を5~10分固定し、耳管の閉鎖した状態を持続させた。

「効果は一過性ですが、これをきっかけに改善する場合もあります。この病気は不快な症状が続くことで不安になり、症状を悪化させることがあります。病名が確定して、耳管を閉じたら症状が軽くなることがわかると、患者さんは心理的にも解放されます」(山口医師)

 垣田さんはこれにより耳管開放症と確定した。次に山口医師は、少量の生理食塩水を耳管咽頭口に到達させる点鼻療法を実施した。

「耳管咽頭口の周囲が湿った状態になることが作用するようで、当院では点鼻により約3割の患者さんの症状が軽くなる結果がみられました」(同)

 患者が要領を覚えれば、自宅などで自分で治療できるようになる。

 耳管開放症は、軽症ならばこうした内科的治療で対応するのが一般的だ。だがさらに大切なのは生活改善だと、山口医師は言う。なるべく横になって耳管への血液をよくしたり、過労や脱水に注意したりすることで、症状が回復することもある。「軽症なら、再発しないように病気と上手につきあっていくことが治療の目標になります」(同)。

 垣田さんは生理食塩水の点鼻をしながら、こまめに水分補給して休養をとるように心がけたことで症状が軽減したという。

 耳管開放症を正確に診断できる医師はまだ少ないのが現状だ。聞こえや耳の違和感などには個人差があるため、診断は自覚症状や生活状況などの問診が重要になる。内視鏡による所見や聴力検査、耳管にかかる圧の検査などを実施しても、すべての検査で異常がみられるわけではない。そのため現れた症状だけを頼りに他の病気と診断されて、適切な治療が受けられないことも多い。

 耳管開放症の発症要因は特定されていないが、体重の減少がその一つといわれる。

「体重が急激に減少した人は要注意です。耳管は、周囲の脂肪や粘膜下組織、腺組織などが作用することで閉じます。急に痩せると脂肪もなくなり、耳管を閉じる十分な圧を加えることができなくなってしまうといわれています」(同)

 とくに、もともと痩せ形で、BMI(体格指数、体重〈kg〉÷身長〈m〉÷身長〈m〉)が20未満の人が3~5キロ以上急に痩せると危険性が高くなる。

 前出の垣田さんはもともとBMIが19.7と痩せ形だったが、3カ月くらいの間に、ストレスで食欲不振になり、夏の暑さと脱水傾向が加わって、診察時には通常より7キロほど痩せ、BMIも16になっていた。この病気は、スリム志向や、生活習慣病を改善するための急激なダイエットが引き金になることも多いという。

 また、中耳炎(ちゅうじえん)も耳管開放症に関係しているという。山口医師が200例の耳管開放症の症例を調べたところ、約3分の1に重症、または繰り返す中耳炎がみられた。「中耳炎を発症したらきちんと治すことが、耳管開放症を防ぐためにも大切です」(同)。

週刊朝日 2013年4月26日号