日本人は危機意識が高く常に最悪の事態に備えて行動する――よく耳にする日本人評だが、その通りだと思う。それにしても、過剰な反応と言える。その背景に、危機を煽るような日々の報道があることは否めないだろう。「木を見て森を見ず」という格言がある。報道の先人たちはそれを転じて「木を見て森を見る。森を見て木を見る――そういう視点と報道姿勢を忘れるな」と戒めてきた。北朝鮮の核ミサイル問題を巡る今の「危機」報道は、真に木を見て森を見ているのか、と私は問いたい。

●「軍事制裁やむなし」の世論づくりに加担するな

 もう1つ、気掛かりなことがある。「米国=善vs.北朝鮮=悪」と単純に図式化して報道していないか、という懸念である。たしかに北朝鮮は国連安保理の決議に背き、核と弾道ミサイルの開発・実験を放棄しようとしていない。世界の平和と安全を脅かす存在だ。とはいえ、メディアは「米国の軍事制裁もやむなし」という世論を醸成するのに一役買うような報道だけは厳に慎むべきである。私の周りにも「北朝鮮を武力でねじ伏せるしか解決策はない」と言って憚らない人間が少なからずいる。そういう好戦ムードが高まりつつあることを心底危惧している。

 賛否を二分する状況で、いわゆる集団安保法案が国会で強引に可決されたのは記憶に新しい。トランプ米大統領の就任により、北朝鮮に対する軍事的な圧力が強まり、日本を取り巻く情勢もキナ臭さを増してきた感がある。政府・与党は「安保法制を整備しておいてよかった」と国民に訴え、返す刀で「敵基地攻撃能力の保有」を検討する動きさえ見せている。敵にやられたら、やり返す。やられる前に、敵をやっつける。これでは、自衛権の行使どころか、戦争そのものだ。

 メディアが北朝鮮の脅威や中国の海洋進出を報道すればするほど、自衛権をさらに拡大解釈し、さらには憲法改正を急ぐ勢力を後押しする結果に繋がってゆく。そういう皮肉な状況が生まれてきた。

 防衛省は4月23日、北上中の米空母「カールビンソン」と、海上自衛隊のイージス艦「あしがら」、護衛艦「さみだれ」が西太平洋で共同訓練すると発表した。3日後の26日、米海軍はフィリピン海を航行する「カールビンソン」とその後方に続く「あしがら」と「さみだれ」の写真を公開し、各局の番組がそれを伝えていた。そのニュースを視聴して、とても気分が悪くなった。日本が戦争のできる国になりつつあることを実感したからである。

※『GALAC(ぎゃらく) 7月号』より

伊藤友治(いとう・ゆうじ)/元毎日新聞アフリカ特派員、元TBSロンドン支局長、元TBS外信部長。