小堺一機(こさかい・かずき)1956年1月3日、千葉県市川市生まれ。少年時代を東京・浅草で過ごす。77年、専修大学在学中に、友人の勧めで参加した「ぎんざNOW!」(TBS)の「素人コメディアン道場」で17代チャンピオンとなる。その後、勝新太郎が主宰する「勝アカデミー」に第1期生として入校し、そこでたまたま知り合った浅井企画のスタッフの誘いで、テレビ番組の前説の仕事に就き、その後同事務所に所属。事務所の先輩である関根勤とコンビを組み、「欽ちゃんのどこまでやるの!?」(テレビ朝日)では関根とともに“クロ子とグレ子”として出演。また、堺正章が司会を務める「ザ・トップテン」(日本テレビ)のリポーターとしても活躍する。84年から「ライオンのいただきます」、91年から「ライオンのごきげんよう」に出演。2016年に終了するまで、31年半フジテレビのお昼の顔を担当した。現在は、「サタデープラス」(MBS)や「コサキンのラジオごっこ」(MONDO TV)などにも出演中(撮影/山崎祥和)
小堺一機(こさかい・かずき)
1956年1月3日、千葉県市川市生まれ。少年時代を東京・浅草で過ごす。77年、専修大学在学中に、友人の勧めで参加した「ぎんざNOW!」(TBS)の「素人コメディアン道場」で17代チャンピオンとなる。その後、勝新太郎が主宰する「勝アカデミー」に第1期生として入校し、そこでたまたま知り合った浅井企画のスタッフの誘いで、テレビ番組の前説の仕事に就き、その後同事務所に所属。事務所の先輩である関根勤とコンビを組み、「欽ちゃんのどこまでやるの!?」(テレビ朝日)では関根とともに“クロ子とグレ子”として出演。また、堺正章が司会を務める「ザ・トップテン」(日本テレビ)のリポーターとしても活躍する。84年から「ライオンのいただきます」、91年から「ライオンのごきげんよう」に出演。2016年に終了するまで、31年半フジテレビのお昼の顔を担当した。現在は、「サタデープラス」(MBS)や「コサキンのラジオごっこ」(MONDO TV)などにも出演中(撮影/山崎祥和)
●『GALAC(ぎゃらく)』最新号のご案内AmazonでGALAC1月号を買う
●『GALAC(ぎゃらく)』最新号のご案内
AmazonでGALAC1月号を買う

「いただきます」、そして「ごきげんよう」。お昼の顔として視聴者に愛されてきた小堺一機。いまフジテレビの「かたらふ~ぼくたちのスタア~」でトークバラエティの新しい魅力を追い求める。“好きなことを語るときのいい顔”をテレビから発信し続ける小堺。そのトークの魅力に迫る!

*  *  *

「ライオンのごきげんよう」が終わってから、小堺一機が変化している。土曜の夕方に始まった「かたらふ~ぼくたちのスタア~」では、大好きなスタアの話を生き生きとした表情で語り、ドラマ「世界一難しい恋」では、嵐の大野智演じる主人公のダメな父親を演じた。はたまたゲストとして出演した「しゃべくり007」では、「ごきげんよう」でもらったギャラを、20億くらいとぶっちゃけたことでも話題に。

「『しゃべくり』のときは、しつこく聞かれたから、思わず言ったら女房に怒られちゃった(笑)。『かたらふ』では、司会者というよりも出演者の気持ちが強いし、テレビっ子だったときからの蓄積で話してるんです」

 テレビが大好きな気持ちは今も変わらず、テレビ局で有名芸能人を見ると、ちょっとうれしくなる自分がいると言う。最近、テレビを見ていて面白いのは、「朝まで生テレビ!」の三浦瑠麗。「正論で人を黙らせるところがいいですね」と語る。こうした発言を聞いていると、小堺は以前よりも、自由に自分をさらけ出しているように見える。お昼の番組が終わったことも関係しているのだろうか。

「さらけ出しているというのは正解です。さすがにずっと続いてきた番組が終わって寂しい気持ちはありますけど、今は制服を脱いだ感じですかね」

 その「ごきげんよう」の前身である「ライオンのいただきます」が始まったのは28歳のとき。当時は、試行錯誤の繰り返しだった。

「やっぱりお客さん(視聴者)は、見ることのプロ。無理に何かやろうとすると見透かされますね。僕は『いただきます』でおばさま方とトークをするときに、頑張ってしゃべりすぎてたところがあったんです。そしたらある先輩に、『どうして一人でしゃべってるの、まわりに材料があるじゃない』って言われて。当時は、頑張ることが仕事だと思ってた。そこで今度は、無理して頑張ってないふりしてやってみて、ふと疲れちゃったって顔したら、お客さんが笑ってくれたんですよ。そのときに、お客さんには全部見えちゃってるんだなってわかったんです」

次のページ