今年の中原中也賞を受賞した『水際』は、小島日和の初めての詩集。昨年7月、インカレポエトリ叢書の第1弾として刊行された。

 耳慣れない「インカレポエトリ」とは、いくつかの大学で詩について講義をしている詩人たちが声をかけあい、横断的に学生や卒業生の詩作を応援していこうと発足した団体のこと。一昨年から活動がはじまり、学生たちによるアンソロジーはすでに3冊編まれ、選抜されたメンバーの詩集も、小島と同じ叢書で7巻出ている。

 とはいえ『水際』は、そんな背景など知らなくても新たな才気を感じさせる、受賞作にふさわしい内容だった。

 巻頭の「広場のある街」や「穴を通す」などが顕著だが、小島の詩は、身近な日常を覆っている透明な薄膜をそっと剥がしながら、テンポ良く展開していく。そこには、現実に隠れていた過去の記憶や体験、あるいは真実が、なめらかな言葉と化して表れる。だから、それぞれの詩篇の最終行まで読むたび、彼女の日常に張りついている別の人生に接触したような感覚が、しばらく残る。

 小島はどうやって自身の異界に気づくのか。そんなことを考えていたら、「長雨」という作品にこんな詩句があった。

<歩道橋の上から/こちらを見下ろしている動物の/群れの中にわたしがいるような気がする/言葉は聞こえないが 立てた耳の裏側が/ひどく騒がしい>

 スズメかハトかカラスかはともかく、人間ではない動物の客観で「わたし」の日常を探れば、たしかに異界が見えてきそうだ。この視座によって小島は異界をとらえ、豊かな語彙に裏打ちされた詩句を紡いでみせた。

週刊朝日  2021年4月2日号