今年も鼻がグスグス、目がシクシクの季節。小塩海平『花粉症と人類』は自らも花粉症と告白する植物学者の涙と鼻水なしには読めぬ文明論である。

 花粉が地上に誕生したのは大型恐竜が闊歩するジュラ紀。人類が花粉の正体をつきとめたのは顕微鏡が発明された17世紀以後だった。では花粉症はいつ人類に取り憑いたのか。

 それがよくわからないのだな。ネアンデルタール人の遺跡からも花粉は発見され、古代ギリシャの文献や聖書にも似た症状の記述はあるが、花粉症とは断定できない。もっとも古い時代の文献は9世紀ごろの季節性アレルギー性鼻炎に関する記述。中世にはバラに起因する「バラ風邪」なんてのもあった。

 問題は近代である。花粉症は19世紀、産業革命時代の新しい「文明病」としてひそかに誕生したのだった。まずイギリスの牧草花粉症。ついで台頭したアメリカのブタクサ花粉症。さらに1世紀遅れで急成長した日本のスギ花粉症。以上が「世界の三大花粉症」なんだって。

 当初「夏カタル」と呼ばれたイギリスの牧草花粉症は、上流階級に罹患者が多いことから「貴族階級のステータスシンボル」となった。アメリカでは、ロッキー山脈周辺に分布していたブタクサが大陸横断鉄道の発達などで東海岸の都市に到達。南北戦争以後は、花粉症から避難する富裕層相手の「花粉症リゾート」が形成された。なんて呑気で優雅な時代!

 花粉症は<無駄の多い破壊的な自然開発に対する報復>。日本のスギ花粉症も<環境を置き去りにして経済成長を追い求めたことに対する警告>らしい。

 それでも著者の花粉愛は強い。花粉は地球の先住民だ。花粉は多くの文学者や生物学者を魅了した。<薔薇の花のおもてには/鼻風邪のくさめこそふさわしき>とはバラ風邪を歌った詩の一節。80年代に10%だった東京都の花粉症推定有病率は2016年には50%弱に達した。スギ花粉症の詩も生まれるかしら。

週刊朝日  2021年3月19日号