書評『身分帳』佐木隆三著 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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《ベスト・レコメンド》

身分帳 佐木隆三著

長薗安浩書評#ベスト・レコメンド

社会復帰の日々

『蛇イチゴ』でデビュー以来、自身の原案とオリジナル脚本にこだわって長編映画を撮ってきた西川美和監督。寡作ながら、どの作品も国内外で高い評価を受けている。しかし、彼女の新作『すばらしき世界』には原案となる小説があった。

 西川監督が惚れこんだのは佐木隆三の『身分帳』だった。1990(平成2)年に刊行されたこのノンフィクション小説は、殺人罪などによる13年間の刑期を終えた男が主人公。「身分帳」とは「収容者身分帳簿」のことで、男の生育歴から受刑状況まで一切が記録されていた。

 男は天涯孤独で戸籍がなく、少年院に収容中に家庭裁判所が就籍決定した。生年月日は推定の昭和16年5月2日で、「山川一」なる氏名は通称名から取られた。前科は10犯、通算の刑期は23年間。山川から身分帳の写しを送られた佐木は、人生の大半を獄中で過ごしてきた40代半ばの男の社会復帰の日々を子細に描き、「筋目を通す」元犯罪者にとって、私たちの日常がいかに生きづらいか明らかにしてみせた。

 山川は自分を裁いてきた法を尊重し勉強もするくせに、かっとなると暴力をふるってしまう。支援者に感謝しつつも時に、筋が通っていないと暴言を吐く。担当のケースワーカーが指摘したとおり、あまりに要領が悪いのだ。とはいえ、この小説を読めば、そうなってしまう理由もわかる。親もなく戦後日本の暗部で生き延びるしかなかった者の痛々しい「懸命」が、そこに垣間見えるからだ。

 今回の映画化を機に文庫版が復刊され、私は初めてこの名作を読むことができた。なお、新しいカバーは主演の役所広司が飾っている。

週刊朝日  2021年3月19日号


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