中真大の『無駄花』は、今年の小説現代長編新人賞の奨励賞受賞作だ。奨励賞でも本になるのか、と手に取ったのだが、冒頭部を読んで引きこまれた。

<「お前のような人間は死にやがれ」
 それが政府の結論だった>

『無駄花』は死刑囚の手記という設定で書かれている。主人公は、39歳のときに、地元の富豪一族を殺害した中村正志。面識のない編集者に手記を書くよう手紙で勧められた中村は、自身の発狂防止のためだけでなく、絞首刑に処せられる前に<真実を書きたい>と願い、独居房で原稿用紙に向かい続けた。

 手記の内容は、殺人事件の動機に関する詳細な記録なのだが、被害者との関係が小学生の頃から始まっているため、中村の成長物語、あるいは青春記としても読める。回想される関西弁の会話と古めかしい(漢語まじりの)地の文章が連動して独特のリズムを生み、読み進めるうちに、中村の人生がじわじわと迫ってくる。特に、事件の遠因となる中学生時代の記述は生々しく、裁判ではあえて語らなかった「真実」を明らかにしたい中村の情熱が伝わってきた。

 内容とともに臨場感を高めているのは、時に死刑囚ならではの変調が現れる点だ。いつ執行されるか不明の中で書いているのだから、無理もない。幻覚に悩まされる場面は息苦しさすら覚えた。

 巻末の参考文献欄には、本物の死刑囚だった永山則夫の手記『無知の涙』から多くの着想を得たとあった。作品のタイトルもその中の一節から引用している。新人賞応募作らしい大胆な試みだが、こうして本になったおかげで、次作も読みたいと思わせる作者を知ることができた。

週刊朝日  2020年10月16日号