草刈正雄人生に必要な知恵はすべてホンから学んだ』は今年俳優生活50年を迎えた人気俳優が、自らの役と人生を語った本。ホンというのは書籍ではなく台本のことである。

 1952年、草刈は福岡県に生まれた。米国軍人だった父は朝鮮戦争で亡くなり、母子は小倉で暮らした。17歳で上京。<外人顔がモテはやされる時代の波に乗り>、資生堂のCMに起用された後は『復活の日』や『汚れた英雄』の主役に抜擢されて、あれよあれよとスターになるも、30代で壁にぶつかる。<もう、草刈じゃないだろ>という声が聞こえた。<あんた二枚目なんだから、人の3倍頑張らないとダメ。いまに忘れられちゃうよ>とかつて沢村貞子にいわれたことを思い出す。

 二枚目には二枚目の苦労があるんですね。若かりし頃は美男なだけ(失礼!)のイメージだった彼が再ブレイクしたのは還暦をすぎてからである。転機のひとつは時代劇。ことに三谷幸喜の脚本によるNHK大河ドラマ「真田丸」(2016年)で真田幸村の父・真田昌幸役と出会ったことが大きかった。マタギのような毛皮をまとった昌幸はとにかくワイルド。<大博打の始まりじゃあ!!><わしゃ、腹くくったぞぉ!>などの台詞には自分でも興奮した。<決め台詞は快感を生むのです>

 そして大森寿美男の脚本による連続テレビ小説「なつぞら」(19年)の柴田泰樹役。「草刈おんじ」が幼いなつにいう<ええ覚悟じゃ。それでこそ赤の他人じゃ><お前は堂々としてろ。堂々と、ここで、生きろ>などの台詞は<自分に言われているような気さえしてきて、台本の文字が涙でかすん>だ。

<裏切るのではない、表返るのじゃ>は「真田丸」の台詞だが、二枚目のイメージを裏切り続けた草刈自身の人生とも重なる。<いい台本とは、究極のレシピです。書かれているままに演じれば、いい味が出るからです>といいきる人の、本人と役が渾然一体となった好著。

週刊朝日  2020年10月9日号