在日韓国人3世のライターによる自伝的エッセー集。映画「パッチギ!」を想わせる場面も出てくる。

 京都で工場を営む祖父を訪ねた日、母や叔母らとタクシーに乗った。街区に入る大通りで「これ以上、行きたくないから」と目的地まで行くのを拒否され、歩くことに。内向的な小学生の著者は、閑散とした町の景色とは不釣り合いな、華美を好む叔母の「ヒールの音」を脳裏に刻んだ。

 ほかにも不意の言葉にうろたえる場面が読ませる。大阪・鶴橋の小学校で開かれた「民族学級」でボランティア講師を体験。ベトナムから来たボートピープルに対し、弱い者への不寛容をにじませた少女の言葉に動揺する。以来、JR環状線に乗ると「あの子」を思い出し、弱く貧しい者について今ならどう話せるかと考える。根を張らない漂泊者ならではの、土地と人の点景記だ。(朝山実)

週刊朝日  2020年10月9日号