こんなに速攻で、しかもこんなにたくさん集めたのは機動力の勝利。『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』は60職種77人による、緊急事態宣言が発令された4月の日記のアンソロジーである。

<この頃は焼いても焼いても追いつかない。それに今はパンをすべて袋詰めしなきゃいけないのだ>と書くパン屋さん。<日本人はこの様な事態に対峙すると、やたらと「納豆」に頼りたがる>と苦笑しつつも<お婆さん、今日も納豆、入荷しますからね>とつぶやくミニスーパーの店員さん。<落ちた箸を拾うのも怖い。ばらまかれたティッシュを集めるのも怖い。見えないものというのはこんなに怖いのかと初めて知った>と告白するごみ清掃員。自粛期間中、家でのうのうと過ごしていたのが申し訳なくなってくる。

 さらにシビアな局面に立たされた人たちもいる。お客の激減と感染リスクのダブルパンチに見舞われたタクシー運転手は<物理的に羽田空港までの距離は遠いが、ウイルスの存在という感覚的な距離は近い>と書き、<こんな時でも仕事は続く>介護士は<ここんとこずっと思ってんのが、医療、介護関係の人間には優先的に検査受けさせてくんねえかなあってことで>とぼやく。ドラッグストアで働く薬剤師はいう。<薬局は危険です。風邪と思って薬を買いに来る人の中にコロナに感染した人が紛れ込んでいる可能性があります>。そして感染の疑いがある故人を迎えに行った葬儀社のスタッフは、ただの肺炎とわかって親族だけの葬儀を終えた後、遺族の言葉を聞くのである。<お葬式ができるって、ありがたいね>。

 私たちの暮らしは多くの人に支えられていたんだと知るだけでも感動。沖縄便の乗客の意外な多さに驚いて、不安を覚える客室乗務員あり。帰国後、空港近くのホテルで2週間の自主隔離になったIT企業の社員あり。

<星は巡る。冬は、日食はいつかは終わる>と書くのは著名な占星術師。コロナ禍に関連した論考集も出はじめているけれど、こっちのほうがずっとおもしろい。

週刊朝日  2020年7月10日号