私の場合、徒歩10分圏内のコンビニは8軒。よく利用するのは2軒。自粛期間中もコンビニだけはよく行っていた。そういう人は多いんじゃないだろうか。

 黒沢大陸『コンビニ断ち 脱スマホ』はコンビニに行くのをやめてみた、という新聞記者のレポートである。朝は社内のコンビニでコーヒーを買い、昼も社食かコンビニ弁当。午後、小腹が減ればコンビニへ。ATMも新聞、雑誌の購入もコピーも宅配便もコンビニ。そんな人が2017年5月、コンビニを断つ。まさかと思うが結果は<さほど苦労しなかった>。

 飲み物は自販機で、コーヒーはカフェで、昼食は喫茶店のサンドイッチをテイクアウト。ペットボトルに水を入れて持ち歩き、転勤で単身赴任になった後はおにぎりも手作り。コンビニ断ちは立ち寄る場所を増やし、生活の幅を広げるのだ。逆にいうと、コンビニが世界を狭めていたわけだね。「パクス・コンビニーナ」と著者は呼ぶ。多様なニーズに応えるコンビニは<日本中を画一化した社会にしていく原動力のひとつ>だと。

 ことのついでにスマホもやめた。絶対必要な場面もあるから、こちらは「スマホ断ち」ではなく、通信とカメラ限定の「減スマホ」。ググるのをやめ、地図もやめる。すると使う道具と考える時間が増えた。時計を持ち歩き、ラジオを聞き、手帳にメモ。

 思い返せば、コンビニもスマホもネットもない生活をかつては誰もが普通にしていたのである。

<ネットに触れている時間のうち、有意義な時間の割合は確実に減っている>と著者はいう。無駄なネットに費やす時間は<思考に使える時間を自ら捨てている結果になる>。なので<できたら、ネットは一日一時間にしたい>。ハードルどんどん上げてません?

 デジタルの力で<ひとりで生きられると思い込んでいる人が増えていくのは、社会としてまずいですよね>とは不便さのメリットを研究する研究者の弁。不便さは発見とアイデアと創造への道なのだ。その証拠に、コンビニ断ちで本が一冊書けたんだからね。

週刊朝日  2020年7月3日号