バブルの頃にはよく、酒とか香水とかの商品広告とタイアップした小説があった。書いていたのは森瑶子さんとかだった。近頃はそういうの減ったなあと思っていたら、こんな本を発見。朝井リョウ『発注いただきました!』。

 作家として認められるようになってくると、内容に条件をつけられる機会が減り、<複数の条件を提示されて「これで作品を書いてください」と言われると、ちょっと燃えてしまうのだ>。

 ということで、条件つきで発注された作品だけを集めた本がこれ。森永製菓の依頼で書いたキャラメルの箱に印刷する掌編3話(1話247字)とか、ディオールの香水とのタイアップで女性誌に載せる「女性と香り」にまつわる小説(「香水をつけよう」という気持ちになるような導入となる文章を希望)とか、全部で20の作品が収録されている。

 アサヒビールの依頼で書いたビールが出てくる小説のタイトルは「いよはもう、28なのに」。

 主人公は28歳の伊予壮太。玩具メーカーの版権事業室に勤務している。希望して入った会社だったが、憧れの企画制作部にはなかなか行けず、下っ端だから宴会ではいつも黙々と酒をつくる係である。<この国の、目上の人には手酌をさせてはいけない、という文化はいつ生まれたのだろう。ビールなんて自分で注げばいい>と思いながらも、彼は酒を注ぐのが上手である。父は九州男児で家によく仕事仲間を連れてきた。彼は子どもの頃からビールを注がされていたのである。──みたいな話。

 バブルの頃の森瑶子さんとはやっぱ違うね。広告でござい、なド真ん中には行かないもんね。

 と感心しながら読んだのだが、後半は商品がからまない雑誌などから依頼。で、気がついた。「条件つきの発注」じゃない原稿なんて、そういえば私、書いたことないよ。テーマも文字数もあちらの指定。っていうか、指定がないと書けない。だけど製菓会社や香水やビール会社からの発注は来ない。当たり前か。作家ってすごいなとあらためて思った次第。

週刊朝日  2020年6月19日号