コロナ禍で例年通りのお祭り騒ぎにはならなかったが、今年の本屋大賞が決まった。凪良ゆう『流浪の月』。これはお祭り騒ぎ向きの小説ではないかもしれないな。

 主人公の家内更紗は、子どもの頃の傷を背負って生きている。それは小学4年生、9歳のときだった。父を病気で亡くし、母が恋人と家を出ていって、伯母の家に引き取られた更紗は、この家から一日も早く逃げ出したいと願っていた。中学生の従兄に毎晩、性的な虐待を受けていたのだ。

 そんなとき、公園で出会った佐伯文。19歳の大学生だった。

<「うちにくる?」/その問いは、恵みの雨のようにわたしの上に降ってきた。頭のてっぺんから爪先まで、甘くて冷たいものに浸されていく。全身を覆っていた不快さが洗い流されていく。/「いく」/わたしは立ち上がり、自らの意志を示した>

 こうして更紗は文の家で暮らしはじめる。二人は気が合い、更紗はずっとここにいたいと思ったが、警察の手が伸びていた。2カ月後、文は小児性愛者として逮捕され、更紗は児童養護施設に送られて「家内更紗ちゃん誘拐事件」の被害女児として記憶されることになった。インターネット上に残る事件の情報。<おまえ、誘拐されてる間、いろいろされたんだろう>という心ない言葉。それはちがう。<文はおかしなことはなにもしなかった><文はとてもやさしい優しい人だった>と訴えても誰も信じてくれず、それはストックホルム症候群だといなされる。

 そして15年後。24歳になった更紗と34歳になった文は偶然再会した。はたして二人は……。

 いちおういっとくと、みなさまが想像するような恋愛小説ではありません。ティーンエージャー向きかなという気もしたけど、一度張られたレッテルを剥がすのがいかに難しいか、ネット社会がどれほど残酷かが巧みに描かれている。<わたしもいつか、やばい人になるのかな?>とは更紗の自問。十分やばい人です、はた目にはね。でもちがうの、というあたりをじっくりお読みください。

週刊朝日  2020年5月22日号