このところ日本では韓国文学が好調だけど、この本は韓国の男性の自己啓発書っぽいエッセイだ。ハ・ワン=文&イラスト、岡崎暢子訳『あやうく一生懸命生きるところだった』。原著は2018年刊。韓国で25万部のベストセラーになったという本である。

 40歳を前に会社を辞めた。そこからこの本ははじまる。<僕は6年目のイラストレーターだ。5年間も絵を描き続けてきたが、たいして売れはしなかった。だから、代表作のない無名の俳優がバイトを掛け持ちするように、僕もまた副業として会社に通った>。収入も会社の給料がほとんどだった。

 ところが、ある日<どうしてみんなのように、一つの仕事だけで食べていけないのだろう?>と思ったら、とたんにイラストの仕事が嫌になった。<会社の仕事も同じだった。会社が自分の時間を奪っている。そのわりに給料が少ないと思った>。それで辞めた。<これ以上、負けたくないから、一生懸命をやめよう>と。

 男のコって大変よねえ。会社ひとつ辞めるだけで、こんなにゴチャゴチャ理屈をこねなきゃなんないんだからさ。もっともそれをいいだしたら、この本全部が「大変よねえ」のオンパレードだ。

<やる気とはいいものだ。自分のために使うならば><もう、うんざりだ。年相応に持って然るべきものが、こうも多いとは><「絶対あきらめるな」という言葉ほど、残酷な言葉はない>

 そもそも彼の人生は「ホンデ病」からはじまっている。それは<ホンデじゃなきゃ美大にあらず>と思い込む美大受験生の「不治の病」で、彼は3度も試験に落ちた。別の大学に入った後も受験し直し、4度目で合格した。これで一発逆転だと思ったが、人生が変わることはなく<ひたすら学費を稼ぐためのアルバイトばかりの毎日>で<僕は道を失った>。

 そんな失敗だらけの人生の果てにたどり着いた呪文が「あまり期待しすぎるな」と「過程を楽しめ」。この本が売れる韓国は、男性に成功を求める風潮が日本より強いのだろうか。そりゃ辛いわ。

週刊朝日  2020年5月1日号