『ヒトの目、驚異の進化』の著者、理論神経科学者マーク・チャンギージーは、本の冒頭で読者に四つの疑問を投げかける。

<なぜ人間には色付きでものが見えるのか? なぜ人間の目は前向きについているのか? なぜ人間は目の錯覚を起こすのか? なぜ文字はみな、現在のような形をしているのか?>

 ……この目で見て動いて、もうずいぶん長く生きてきたというのに、私には仮説すら浮かんでこない。

 チャンギージーはこれらの疑問に答えるため、人間の視覚にある四つの超人的能力──テレパシー、透視、未来予見、霊読──について順に言及していく。こう書くと勘違いされそうだが、内容は一貫して科学的根拠に基づき、たとえば、最初の疑問に対してはこのように説き明かす。

 人間は、肌の色の変化から敵や味方の感情や健康状態を感知するために色覚をもつようになった。昔からよく「顔色を見る」というが、人間の顔色は実際、血液の量や酸素飽和度の違いで変化する。つまり、色覚は人間が自然淘汰を生き抜く上で、まさにテレパシーのような能力として貢献してきたのだ。

 図版や写真も多用しながら展開するチャンギージーの論旨は明晰で、他の疑問も、無理なく解へとたどりつく。そして、彼が先に示した四つの超人的能力が、決して大仰なレトリックではないのだと理解した。

 私たち人間は、視覚が獲得した革命的な能力とともに進化し、文明を生んできた。そう納得しつつも、いったい自分は何を見ているのかと、少し不安になる。

週刊朝日  2020年4月3日号