江戸時代は現在の日本食の基礎ができた時代だった。だから江戸期を舞台にしたグルメドラマが成立する。じゃあその前は? 黒澤はゆま『戦国、まずい飯!』は中世や近世の文献に出てくる食品を実際に食してみようという、酔狂というか勇猛果敢な本である。

 たとえば赤米。古代米などの名前で売ってる米とは別物らしく、秀吉の朝鮮侵略中、講和交渉で日本に来た朝鮮通信使は<殆ど下咽に耐えず 蓋し稲米の最悪の者なり>と記していた。<「飲み込めないほどまずい」というのは食物に対する最大級の罵倒>とばかり著者は張り切る。手を尽くしてやっと手にした赤米は、飲み込めぬほどではないが、もそもそして満足感がない。自力で精米したら食べられる味にはなったけど、精米にかけた時間は12時間。

「芋がら縄」はどうか。『雑兵物語』に出てくる、里芋のくきで作った荷縄である。その縄をまた、わざわざ作るんだこの人は。2週間ほど干した芋がらを編んで味噌で煮込み、さらに2週間干す。意外に美味い。マヨネーズと唐辛子を絡めるとさらに美味で<晩酌のつまみの定番になるかも>。ただし文献通り湯に溶くと、味噌汁風にはなったが、味が薄くて病院食みたい。<長陣の際に汁ものがこれだけだったらへたばってしまう>

 こんな調子で、干し飯作りに挑戦し、ツクシならぬスギナを湯がき、初期の牛鍋は味噌仕立てだったのではと考察し、ほうとうは武田信玄の陣中食だったという説を掘り下げる。文献を調べまくり、食材を手に入れるのに奔走し、時間をかけて当時の食を再現しても、待っているのは頼りない味。

 知ってたからって何の得にもならない情報である。しかし、戦国時代は味気ない時代だったのだろうと実感できた。<昔から太平の世には辛口、乱世には甘口の酒がはやる>という説を解説していわく。<食糧が少ない上に、戦闘で大量のカロリーを消費していた乱世に生きる人たち>にとって、酒は<エナジードリンクの意味も含まれたものだったのだ>。うう、なんか先の戦争中みたい。

週刊朝日  2020年4月3日号