先の東京オリンピック前年の浅草を舞台にした犯罪小説。誘拐された児童の名前が「吉夫ちゃん」と聞けば、ピンとくる人も少なくないだろう。

 犯人を取り逃がし身代金まで奪われる警察の大失態。捜査は行き詰まり、生々しい脅迫電話の音声を公開する。昭和史に刻まれた事件を下敷きに、被疑者と刑事たちの時間を複眼で描いていく。「ソノシート」「プラッシー」など当時の空気を漂わせる物をジオラマのようにはめ込み、臨場感を膨らませている。

『最悪』で知られる著者ならではの重厚感は、「悪さっていうのは繋がってるんだ」と語る被疑者の生い立ちに発揮される。母の再婚相手によって幼い頃に「当たり屋」をさせられ、記憶障害から「莫迦」と軽んじられてきた。著者独自の設定は鳥肌が立つほどの現代感をもたらしている。(朝山 実)

週刊朝日  2019年11月1日号