陰惨な事件、たとえば親による子どもの虐待死などが発生する度に、マスメディアには因果応報や勧善懲悪のコメントが頻出する。世間はそれらに同調し、幼くして逝った子どもの不憫さを嘆きつつ、犯人を徹底的に糾弾。そして、その事件の真の原因は、「闇」として放り出される。

 山田詠美の『つみびと』は、9年前に大阪でおきた幼い姉弟の餓死事件に着想を得て書かれた。逮捕された若い母親はどのような人物で、なぜわが子を放置したのか? この痛ましい事件の「闇」に、山田はフィクションの力で挑んだ。具体的には語り(叙述)を、犯人の母親、亡くなった子どもたち、犯人自身に分け、事件の真相に迫っていく。

 一人称で書かれた犯人の母親の人生が仔細に語られるにつれ、彼女が後に娘たちを置いて家から逃げだすことと、その理由がわかってくる。その娘である犯人が、それによってどれほど苦労し、歪んだ価値観を抱くようになってしまったかも、ひりひりと伝わってくる。その上で、死んだ子どもたちの無垢で絶対的な母親への思いを読むと、「闇」の正体が、ぼんやりとだが、見えてくる。

 大人の象徴である親が自身の不幸を子どもに投射してしまう現実が、子どもを苦しめる。子どもは人生の選択肢を削られ、早すぎる諦観を引きずりながら生きざるを得ない、不幸の再生産。そこから抜けだすには、犯人の伯父がそうだったように、教育が必要なのだろう。

 取材や資料では決して見えてこない当事者たちの内面を緻密な想像力で描いた、この大作。言葉だけで「闇」すら語りつくす、小説ならではの凄味にあふれている。

週刊朝日  2019年7月26日号