政府は「生涯未婚率」という表現をやめて「50歳時未婚率」にするそうだ。50歳を超えても結婚しないとは限らないのだから当然か。ちなみに2015年の50歳時未婚率は、男性23.37%、女性14.06%。政府が未婚率を気にするのは、それが少子化と関係していると考えているからだが、はたして現代日本は結婚や子育てをしたくなる社会だろうか。

 金原ひとみの長編小説『アタラクシア』は、結婚というものに苦しむ男女を描いた群像劇である。

 元モデルで翻訳家の由依(ゆい)。その夫で小説家の桂(けい)。大手出版社の編集者、真奈美。フランス料理店のオーナーシェフ、瑛人。瑛人の店でパティシエをつとめる英美(えみ)。プロフィールだけ見るなら、彼らは恵まれた人たちだ。経済的な不安はなく、社会的にも評価される仕事をしている。

 だが、彼らの皮を一枚めくると、辛いこと、苦しいことだらけだ。由依は桂との生活に満たされず、瑛人と不倫しているし、桂は過去の盗作事件を引きずっている。瑛人はフランスで有名料理人の愛人だった過去が負い目となっている。夫からDVを受けている真奈美は、同僚と寝ることで一瞬の安らぎを得ている。英美は浮気癖が抜けない夫とモラハラな実母と反抗する息子に挟まれて、もう精神的にも肉体的にも崩壊寸前だ。

 人はよく「幸せになろう」といって結婚するけれども、結婚すれば幸せがもれなくついて来るとは限らない。結婚は関係性と状態の名前であり、維持するためには愛情と努力と幸運が必要だ。それを重圧とか桎梏だと感じた瞬間、幸福は不幸へと反転する。未婚者も既婚者も必読の傑作。

週刊朝日  2019年7月5日号