東京に近い埼玉県南部で生まれ育った青砥健将は、中学時代、同学年の須藤葉子に告白してふられた。卒業後の接点はなく、それぞれ進学、就職結婚離婚、転職を経験して50歳になり、地元の病院内の売店で再会する。

 朝倉かすみ『平場の月』の魅力は、タイトルどおりごく一般の人々が暮らす「平場」を舞台にし、どこにでもいそうな元男子と元女子のラブストーリーを描いた点にある。2人の辿ってきた過去や現在の暮らしぶり、そして、若い頃のように勢いだけでは行動できないもどかしさが多くの読者に、「わかる」という共感をもって広がっている。互いに名字で呼びあう青砥と須藤の心理描写は、そのまま同じ世代の逡巡を精緻に表現し、50歳という年齢にまとわりついてくる人生のあれこれについて考えさせる。

 半世紀も生きていれば、否応なく身についた分別のようなものがある。それらのほとんどは失敗から学んでいるから、どうしても躊躇が先立つ。あるいは、昔から肝がすわっていた須藤のように、相手への依存を極力避けようとする。体験を通して知った処世術が、中学時代の恋の発火を遅らせる。冒頭部で須藤の病死を知らされながら、それでも、その結末にいたる過程に読者が引きこまれるのは、他の恋愛小説にはなかった純愛の展開をまざまざと目撃できるからだろう。

 最後の恋かもしれない相手が逝っても、青砥は愛を叫んだりはしない。平場で見上げた月のような須藤を思い、彼女に対する自分の思いの根深さを確かめる。中学時代から伸び続けていた恋の根は、自分が思っていたより何倍も長かったに違いない。

週刊朝日  2019年4月26日号