外国人観光客が急増し、昔から「日本を代表する」と称されてきた名所とは違う、意外な場所が注目されるようになってきた。そんな情報にふれると、異なる視座から見た未知の(あるいは忘れてしまった)日本の美点を教えてもらったような気がして、つい嬉しくなる。ジェイ・ルービンが編纂した『ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短篇29』を読みおえた時にも、私はよく似た思いにつつまれた。

 近代・現代日本の短篇小説集であるこの本が優れているのは、まず、そのテーマ設定だ。<日本と西洋><忠実なる戦士><男と女><自然と記憶>など七つに分かれ、収録された作品をとおして日本や日本人の内実が浮上してくるよう工夫されている。たとえば最後に登場する<災厄 天災及び人災>では、関東大震災後の芥川龍之介「大地震」「金将軍」から東日本大震災後の佐藤友哉「今まで通り」の9編を紹介し、多くの自然災害や原爆や原発事故が私たちの精神性に及ぼした影響を探ってみせる。

 村上春樹作品の翻訳家として世界的に知られるルービンは、いったいどれほど日本文学に精通しているのか。森鴎外から30代の現役作家までの作品タイトルが並ぶ目次を見るだけでも、ほとんどの読者は、未読が多いことに驚くだろう。作品解説も兼ねた長い序文を寄せている村上は、6編しか読んでいなかったと書いていたが、私もまったく同じだった。

 ドナルド・キーンがそうだったように、日本文学の新たな魅力を伝えてくれる外国人の視座は、やはり貴重だ。私は今、顔も知らないジェイ・ルービンに感謝している。

週刊朝日  2019年4月12日号