平成の終わりを目前に、二つの時代を生きた人が次々と鬼籍に入る。樹木希林さんも内田裕也さんも。『心底惚れた』は1976年、まだ悠木千帆と名乗っていた時代の樹木希林(この芸名に改名したのは77年)が「婦人公論」誌上でホストを務めた対談集だ。当時彼女は33歳。73年に結婚するも、2年後に別居が判明。世間の耳目を集めている頃だった。

「異性懇談」と題された対談相手12人は全員当時活躍中だった男性。恋愛観や夫婦観を含めた私生活に、彼女はときにズケズケ、ときにやんわり踏み込んでいく。

<今までフリーになったときあります。だれもいないときって>という問いに<ないですね>と答えているのは当時20歳だった中村勘九郎(後の勘三郎)である。<やっぱり何となくダブっている><そうですね>。ひえー、何それ、あなたまだ20歳でしょ?

 相手の話術に乗せられて<ぼくはセックスというのは中じゃなくて前後だと思うの>ときわどい発言をしているのは44歳だったいかりや長介。最中ではなく事前と事後のたたずまいに惹かれるのだという話に、悠木はすかさず一言。<かわいいのね。男ってずいぶんだましやすいわね>

 89歳の荒畑寒村も登場する。事実婚も含めて3度結婚した荒畑の最初の妻は管野すが。大逆事件で幸徳秋水とともに死刑になった女性である。19歳で管野と暮らしはじめた荒畑。<赤ん坊の手をねじるようなものだったでしょう。ぼくなんかまるめ込むのはね(笑)>。衝撃的な歴史の証言!

 悠木自身が心情を吐露している部分も興味深い。<うちの旦那、明治の男みたいなところあるのね。すごい封建的なの><わたしみたいにすごいプライドの高い、いままで男を睥睨していたような女は、そういうのに会うと、コロッとまいっちゃうわけよ>

 12人中10人はすでに彼岸の人。そして<旦那とわたしと二年、よくもちましたね。もたないと思ったんです。今後だってわからないけどね>と妻が語った異色の夫婦は結局40年以上もったのである。

週刊朝日  2019年4月5日号