芥川賞を受賞した町屋良平『1R1分34秒』の主人公は、21歳のプロボクサー。デビュー戦こそ初回KOで勝ったものの、その後は2敗1分けとふるわない。

 研究熱心な彼は、対戦相手のあらゆる情報をインターネットで調べ上げ、過去の試合のビデオもすべて見て細かく分析する。そして毎回、対戦前の夢の中で相手と親友になってしまう。

 そんな人物の一人称小説にふさわしく、ここには、追いこまれた若いボクサーの自意識が渦巻いている。自分の肉体と技術だけで敵と向きあうボクサーの日常と意識の流れが、独特の文体によってじわじわと伝わってくる。

 リングに上がっているボクサーがいったい何を見て反射的に動き、どんな意識で時間を過ごしているのか。視覚や身体に即した言葉が瑞々しく、それらが断片的に書かれていても、読み進めるうちに息が早くなり、疼きすら覚える。こうして、いつの間にか文章の力によって主人公に同化させられた私は、減量中の<空腹が痛い。痛い>というフレーズを目にしたとき、思わず腹を押さえていた。

 いわゆる「身体性の言語化」に取り組み、徹底的に描写してみせたこの作品。5戦目も負けた後、新しくトレーナーについたウメキチとの練習がはじまると、現役ボクサー同士ならではの肉体を通した言葉のやりとりが展開する。身体性を共有した互いの意識が猥雑なほど絡みあい、その上で発せられるウメキチの助言は、腐りかけていた主人公の再生の光になっていく。

 6戦目に向かう主人公に訪れる意識の変化。冒頭からそこまで、一気に読ませる。

週刊朝日  2019年3月15日号