戦後から1972年までの沖縄史を描く真藤順丈の直木賞受賞作、『宝島』。語り部はこの島の地霊で、時おり複数の声を交えながら、米国統治下にあった沖縄の実状を発火しそうな熱量で物語る。

 巻頭に登場するのは、「戦果アギヤー(戦果をあげる者)」の若者たち。彼らは自分たちが生きるために米軍の倉庫から食糧や薬などを盗んだが、オンちゃんは、それらを地元コザの貧困者たちに惜しみなく与え続けた。義賊のような20歳のオンちゃんは、いつしか島民の尊敬と寵愛を集める英雄となっていた。

 しかし52年の夏、極東最大の嘉手納空軍基地を襲った夜に、オンちゃんは忽然と姿を消してしまう。物語の主役はここから幼なじみの3人、略奪に加わったグスク、弟のレイ、オンちゃんの恋人ヤマコへと移る。それぞれのやり方で英雄の消息を探る3人のその後20年を描き、米国の<恫喝と懐柔のチャンプルー>のような仕打ちに翻弄されながら生きる沖縄の人々の、過酷な現実をまざまざと見せつける。

 そして、あの夜、「予定にない戦果」を入手したらしいオンちゃんの生還を期待して読み進めるうちに、気づけば、怒りが胸一杯に湧きあがっていた。それは非道の犯罪をくり返す米軍だけでなく、米国と同じく空約束を切って恥じない日本政府にも向かい、今も続く沖縄への一方的な施策へと転がっていく。

 ここに語られた破格の叙事詩は、オンちゃんが遺した言葉を通して、英雄のいない世界に生きる態度を読む者に問うてくる。

<さあ、起(う)きらんね。そろそろほんとうに生きるときがきた──>

週刊朝日  2019年2月15日号