「世界の北野」が1980年代初期に漫才ブームでお茶の間の人気者になる前夜を描いた自伝的小説だ。

 たけしは浅草のストリップ劇場「フランス座」でエレベーター番として働き始め、いつか幕あいのコントに出ることを夢見る。「伝説の芸人」と呼ばれた深見千三郎師匠に声をかけられ、舞台で経験を積むが、時代は舞台からテレビの文化に。浅草から去る芸人が増える中、一瞬でも売れたいと願うたけしと、テレビに背を向ける深見。弟子は師匠を敬愛しながらも次第に距離も生まれていく。

 たけしの修業時代はこれまでも言及されてきたが、自身の手によって改めて書かれたところに意義があるだろう。何者でもない人々が何者かになろうともがき続ける苦しみや、芸人同士の心理描写が秀逸だ。(栗下直也)

週刊朝日  2019年2月1日号