1989年1月8日。平成がはじまったその日に生まれ、平成(ひとなり)と名づけられて育ち、東日本大震災後に単行本化した卒業論文で注目され、今では時代を象徴する文化人としてメディアで活躍する「平成くん」。彼は徹底した合理主義者で性行為も好まないのだが、それを承知で同棲している瀬戸愛に対し、2018年のある日突然、平成の終わりとともに安楽死をしたいと告げる。

 古市憲寿の小説『平成くん、さようなら』は、告白を受けた愛の視点で描かれる。平成くんの計画を受けいれられない彼女は、自分の時代は終わった、最高のタイミングで死にたいと語る彼の意志を翻意させるべく行動し、その根底にある理由を探っていく。

 この作品は、日本が安楽死先進国であるという設定の他は、現在の私たちの日常がそのまま登場する。地名や人名はもとより、建造物、店舗、テレビ番組、ファッションブランド、各種通信サービス、そして女性用のセックストイまで固有名詞が頻出し、かの『なんとなく、クリスタル』を髣髴とさせるほど。その効果は絶大で、平成くんや愛が生きてきた平成がいかなる時代性を醸成してきたか、私はふと、理解できた気分になった。

 それは、「不完全な人間が最適解を追求した時代」とでも呼ぶものなのだが、ほぼ1年におよぶ「不完全な」2人のやりとりもまた、この「最適解」を巡る物語なのだと感じた。

 AIに代表される、最適解へと導くデジタル化の中で問われる死生観。平成が終わろうとしている今、やや直截的ではあっても、この秀作は私たちが生きている時代性をはっきりと炙りだす。

週刊朝日  2018年12月21日号