朝日放送の人気番組「探偵!ナイトスクープ」から生まれた松本修『全国アホ・バカ分布考』(1993年)は名著だった。著者は当時の番組プロデューサー。日本列島上の「アホ」と「バカ」の境界線を探るところからはじまった企画は秀逸だったよ。ところで、この本(96年刊の文庫本だったか)にはたしか「次は女陰と男根に類する語を研究する」みたいな宣言があったはずなのだが……。

 いやあ、まさか20年以上も待つとは思いませんでした。『全国マン・チン分布考』はその待たされまくった「女陰や男根に類する方言」の研究書である。

 本書にも口絵として収録された「女陰 全国分布図」は92年にもう完成していたのだそうだ。これを見ると、女陰を指す語も「アホ・バカ分布図」同様、京都を中心としたきれいな同心円状に分布している(周圏分布という)。

 北東北や南九州など、京都から遠い地域は「マンジュー」圏、そこから内側に行くにしたがって、「ヘヘ」「ボボ」「オマンコ」「チャンベ」「メメ」「オメコ」「オソソ」などが分布する。方言の周圏分布は池に小石を投げ入れた際の波紋と同じ。つまり<方言の多くは、地方で独自に生じたものではなく、京の都の、はるか昔の遺風を受け継いでいるのです>。

 とはいえ本書の真骨頂はこの先で、各語の語源を著者は徹底追求するのである。古い語であるマンジューの語源はもしかして饅頭か(じつはほんとに饅頭でした)。これが御所言葉風に語尾を略した「オマン」や「マン」に変化し、さらに愛らしさを加味した「コ」がつく。あの言葉は<大切なあどけない娘の、いたいけない女陰>に父母が与えた<最大限のいとおしさの込もった名>だった。

 と、こんな調子で次々出される新発見や新解釈。「オマンコ」が愛らしさを極めた名なら、幕末の京都で生まれた「オソソ」は格調と気品に満ちた新しめの名。番組に依頼を送った女性の感想にすべてが語り尽くされている。<知りませんでした。そんな上品な、ええ言葉やったんですか>

週刊朝日  2018年11月23日号