藤井聡太七段の活躍で脚光を浴びている将棋の世界。だが現実は厳しい。桂望実『僕は金になる』は天才棋士を生み損ねた家族の物語。金はカネではなくてキンと読む。将棋の駒の金である。

 1979年。語り手の「僕」こと小池守は中学2年生。離れて暮らす父に会いにきた。父と母は2年前に離婚。「僕」は母と、3歳上の姉は父と暮らすことになったのだ。父はひどい暮らしをしていた。ギャンブルにうつつをぬかし、娘に賭け将棋をさせた上がりで食べていたのだ。姉のりか子は将棋の天才で負け知らずだった。

<学校はどうだ? 毎日行ってるのか?>と父はきく。<そりゃあ行くさ>と答えると<すっげぇなぁ、お前は。ちゃんとしてる>と驚く父。<守は偉いね>と頷く姉。なんなんだ、この父娘は。

 1982年。「僕」は高校2年になった。久々に会った父と姉は相変わらずだ。<守はどうだ?>という質問に<普通の高校生をしてるよ>と答えると父はいった。<そりゃあいいなぁ。普通の高校生かぁ。憧れちゃうなぁ>。うるさい、普通普通っていうなよ。
「僕」はプロの女流棋士を目指すべきだと姉に勧めるが、姉にその気はないらしい。1989年。大学を出てゼネコンに就職し、サラリーマンになった彼は、ついに姉をだましてプロの女流棋士の教室に連れて行った。しかし……。

 単純にいってしまうと、破天荒な天才に憧れる凡人と、堅実な凡人に憧れる天才の物語である。

<姉ちゃんには才能があるし、それを活かすべきだと思うからだよ。僕は……僕にもなにか特別な才能があるんじゃないかってずっと思ってたんだよ。自分に期待してたんだ。でも僕は普通の人だった>。すると、姉はいったのだ。<守はちゃんとしていて凄いのに、特別な人に憧れているんだね。私は普通の人に憧れてるんだけどね。皮肉なもんだね>

 なんてことない台詞である。だけど今日「普通」に学校に通い、普通に就職するのは、事実、至難の業である。父ちゃんや姉ちゃんの気持ち、すげえわかるよ。

週刊朝日  2018年10月5日号