安西こころは中学校に入学してほどなくいじめを受け、不登校となる。そんなある日、自分の部屋の姿見が突然輝き、中に引きずり込まれると、そこは、狼の面をつけた少女が仕切る城の中。こころを含め中学生らしき男女7人が集められ、来年3月までに城の奥にある「願いの部屋」に入る鍵を探すよう求められる。毎日9時から17時までなら自宅と城の往来は自由。だが、1人でも17時過ぎまで滞在した場合は、その日に城へ来た者全員が狼に食べられる。そして誰かが願いをかなえたら、城での記憶は消失する──

 いわゆる異世界ファンタジーらしい設定ではじまる辻村深月『かがみの孤城』は、7人それぞれが何に傷つき、何を恐れて閉塞し、周囲の大人にどんな態度を求めているのか明らかにしていく一方で、現実とは違う「鏡の城」で生じてくる新たな関係性を描き、彼ら彼女らが学校へ行くための打開策を模索してみせる。

 そこに、不思議な設定の謎解きがからむ。あれもこれも伏線だったのかと驚くほど、終盤に浮上してくる事実は厳しく、美しい。そこには記憶の怖さとともに可能性が描かれているのだが、ひょっとしたら記憶が消されただけで、自分もかつてこの城へ行ったのではと感じてしまうほど、私は魅了されてしまった。

 今年の本屋大賞を受賞したこの作品は、難儀な人間関係に向きあいながら生きつづけるための、「祈りと記憶」の物語だ。私がこれまで出会い、また今もよく顔をあわせる人々の中にも、昔ともに「鏡の城」で過ごした仲間がいるかもしれない。

 当然ながら、そんなことを想像させる小説はそうはない。

週刊朝日  2018年8月31日号